タンパク質毒性におけるHsp70-Bag3複合体の役割
学術紹介:76
タンパク質毒性におけるHsp70-Bag3複合体の役割
田渕 圭章1,*・柚木 達也2
1富山大学研究推進機構遺伝子実験施設
2富山大学学術研究部(医学系)眼科学
細胞内には多種多様のタンパク質が存在し,その品質管理機構によりタンパク質のホメオスタシスが厳密に調節されている (プロテオスタシス☨1).しかしながら,熱を含む様々なストレスにより細胞内に構造的に異常なタンパク質が蓄積すると細胞の機能異常や細胞死が誘導される (タンパク質毒性☨2).一方で,熱ストレスに曝された時,熱ストレス応答が起り,熱ショックタンパク質群 (HSPs) は速やかに転写・翻訳され,それらのシャペロン機能等により細胞保護的に機能する.HSPsの主要なメンバーHsp70は,そのコシャペロンHsp40と協調してシャペロン機能を担い,また,Hsp70に加えて数多くのHSPsと構造異常タンパク質蓄積が関与する疾患との間の関連が報告されている1).BAGファミリーメンバーのBag3☨3は,熱誘導性のタンパク質でHsp70のコシャペロンでもある.近年,Hsp70-Bag3複合体がオートファジーやがん等で重要な役割を演じていることが判ってきた2).今回,タンパク質毒性におけるHsp70-Bag3複合体の役割を示したShermanらの研究グループの報告3, 4)を紹介する.
プロテアソーム☨4は,ユビキチン化されたタンパク質を分解するシステムである.その阻害剤MG-132で細胞を処理すると,細胞内にタンパク質凝集体が生成し,小胞体ストレス応答☨5を伴うタンパク質毒性が誘導される.ヒト乳がん細胞株MCF10Aにおいて,MG-132添加で生成したタンパク質凝集体はHsp70やBag3の機能阻害,または,Hsp70-Bag3の相互作用抑制剤YM-1☨6処理により有意に減少した.また,この時,ユビキチン化されたタンパク質とHsp70-Bag3との間の相互作用が認められた.これらの結果等から,Hsp70-Bag3複合体がタンパク質凝集を感知するセンサーとして密接に関与していることが示唆された3).
小胞体ストレス応答が誘導された時,小胞体のセンサータンパク質を起点とした主に3種類のシグナル伝達系,IRE1経路☨5,PERK経路☨5とATF6 経路☨5が活性化される5).Hsp70-Bag3複合体の関与するシグナル伝達系をHsp70-Bag3の相互作用抑制剤JG-98☨6を用いて調べた結果,IRE1経路とATF6経路ではなくPERK経路が活性化されることが判った.PERKは,翻訳開始因子eIF2α,転写因子ATF4の順に活性化し,さらに転写因子CHOPの発現を上昇させる (小胞体ストレス誘導アポトーシス経路☨5).MCF10A細胞において,JG-98はCHOP依存的なアポトーシスを誘導した.しかしながら,JG-98処理細胞においてPERKタンパク質をノックダウンしてもeIF2α以降の応答は抑制されなかった.Hsp70-Bag3複合体の関与するシグナル伝達系が小胞体ストレスのシグナル伝達経路とは異なることが明らかとなった.詳細な実験成績は割愛したが,ShermanらはHsp70-Bag3複合体が小胞体ではなく細胞質におけるタンパク質毒性のセンサーとして機能する可能性があると結論した6).
引き続き,タンパク質毒性,熱ストレス応答やがん温熱療法等において,Hsp70-Bag3複合体が関与する研究の動向に注目したい.
参考文献
1) Brehme M., Voisine C.: Model systems of protein-misfolding diseases reveal chaperone modifiers of proteotoxicity. Dis Model Mech, 9: 823-838, 2016.
2) Kögel D., Linder B., Brunschweiger A., Chines S., Behl C.: At the crossroads of apoptosis and autophagy: Multiple roles of the co-chaperone BAG3 in stress and therapy resistance of cancer. Cells, 9: 574, 2020.
3) Meriin A.B., Narayanan A., Meng L., Alexandrov I., Varelas X., Cissé I.I., Sherman M.Y.: Hsp70-Bag3 complex is a hub for proteotoxicity-induced signaling that controls protein aggregation. Proc Natl Acad Sci U S A, 115: E7043-E7052, 2018.
4) Patel S., Kumar S., Baldan S., Hesin A., Yaglom J., Sherman M.Y.: Cytoplasmic proteotoxicity regulates HRI-dependent phosphorylation of eIF2α via the Hsp70-Bag3 module. iScience, 25: 104282, 2022.
5) Mori K.: The unfolded protein response: the dawn of a new field. Proc Jpn Acad Ser B Phys Biol Sci, 91: 469-480, 2015.
6) Sherman M.Y., Gabai V.: The role of Bag3 in cell signaling. J Cell Biochem, 123: 43-53, 2022.
用語解説
☨1プロテオスタシス (proteostasis):タンパク質の恒常性を維持する一連の過程.細胞内の全てのタンパク質の生成からその分解までの過程が含まれ,量的,質的さらに位置的にタンパク質が正常機能を維持する状態である.
☨2タンパク質毒性 (proteotoxicity):細胞内に異常なタンパク質が生成し,細胞毒性を示す状態.異常タンパクが蓄積することにより,糖尿病,各種神経変性疾患等,様々な病態に関与することが知られている.
☨3 BAG3 (BAG cochaperone 3):BAG (Bcl-2 associated athanogene) ファミリーメンバーのBag3は,自らのBAGドメインとHsp70 のATPaseドメインと相互作用するHsp70のコシャペロンである.Bag3は,温熱,重金属等,種々のストレスにより誘導され,細胞増殖,アポトーシスやオートファジー等の様々な細胞機能の制御に関与する.また,Bag3は,がん,加齢に伴う神経変性疾患等,多様な疾患に関連することが報告されている2).
☨4プロテアソーム (proteasome):ユビキチン化されたタンパク質を分解するタンパク質複合体.真核生物にはユビキチン/プロテアソームシステムとオートファジー/リソソームシステムの2種類のタンパク質分解システムがある.MG132は強力なプロテアソーム阻害剤で,広く研究に使用されている.
☨5小胞体ストレス応答 (endoplasmic reticulum (ER) stress response):小胞体内に構造異常タンパクが蓄積すると小胞体ストレス応答が起こる.これは,UPR (unfolded protein response) とも呼ばれている.このシグナル系には,小胞体のセンサータンパク質を起点とした主にIRE1 (inositol requiring enzyme-1) 経路,PERK (protein kinase R-like ER kinase) 経路とATF6 (activating transcription factor 6) 経路がある.尚,PERK → eIF2α (eukaryotic initiation factor 2α) → ATF4 (activating transcription factor 4) → CHOP (C/EBP homologous protein) 経路は,小胞体ストレス誘導アポトーシス経路としてよく知られている5).
☨6Hsp70-Bag3の相互作用抑制剤:最初に,Hsp70-Bag3の相互作用抑制剤YM-1が開発された.YM-1は,Hsp70のATPaseドメインに結合してBag3との結合を阻害する.JG-98は,YM-1の誘導体でYM-1よりも低濃度で効果がある第二世代の本作用抑制剤である6).
利益相反に関する開示:
著者に利益相反状態は認められなかった.
Mini-review
Role of Hsp70-Bag3 Complex for Proteotoxicity
YOSHIAKI TABUCHI1,*, TATSUYA YUNOKI2
1Division of Molecular Genetics, Life Science Research Center, University of Toyama, Toyama 930-0194, Japan
2Department of Ophthalmology, Graduate School of Medicine and Pharmaceutical Sciences, University of Toyama, Toyama 930-0194, Japan
*Corresponding author: ytabu@cts.u-toyama.ac.jp
Key Words: Hsp70, Bag3, proteotoxicity
Received: 18 June, 2022
Accepted: 1 July, 2022
Thermal Medicine Vol.38(3) 掲載予定