ミトコンドリア型HSP70, モータリンによる細胞死制御とこれを標的とした治療戦略

一社)日本ハイパーサーミア学会ニュースNo.137【学術報告61】

ハイパーサーミアに関する最近の話題61

トコンドリア型HSP70, モータリンによる細胞死制御とこれを標的とした治療戦略

近藤 隆(富山大学),大塚健三(中部大学)

 ミトコンドリアは細胞のエネルギー代謝,特にATP産生に関わる重要な細胞内小器官であるが,細胞内活性酸素種発生の源として,また,アポトーシスを含めた細胞死制御にも関わる等多くの機能が明らかとなってきた.熱ショックタンパク質として有名なHSP70はミトコンドリアにも存在する.このミトコンドリアに局在するHSP70(HSPA9, mtHsp70)も多機能タンパク質であり,多様な呼称を有する.Heat-shock protein peptide-binding protein 74 (PBP74),Glucose regulated protein 75 (GRP75),そして,モータリンである.モータリンは,キナーゼであるMEKおよびERKの異常活性化に伴いしばしば発現が上昇しており,腫瘍内で誤った局在を示すミトコンドリア分子シャペロンである.また,これは腫瘍細胞の増殖・生存,幹細胞の性状維持,上皮間葉系転換,血管新生等にも関係する.

最近,モータリンががん治療に関わる可能性を示す二つの知見が発表された.

一つ目では,モータリンはANT3(アデニンヌクレオチドトランスロカーゼ3)*が介在するミトコンドリア膜透過性を低下させることによりBRAF変異型細胞の生存を促進することが報告された1).この報告では,モータリンの枯渇が変異型キナーゼB-RafV600Eまたはキメラタンパク質ΔRaf-1:ERを発現している腫瘍および不死化正常細胞を選択的に死滅させること,さらに,モータリンのペプチド結合ドメインのMEK-ERK感受性の制御が細胞の生死に重要であることを示した.プロテオミクス・スクリーニングから,ANT3がモータリンのクライアント(結合タンパク質)であり,細胞生死制御に関わるエフェクター分子として同定された.機構的には,ミトコンドリアの透過性の制御に関してMEK-ERKシグナル伝達活性の亢進とモータリン機能亢進は,逆向きに作用した.具体的には,MEK-ERK活性は,ANT3とペプチジルプロリル イソメラーゼ*であるCypD(シクロフィリンD)*の相互作用を促すことでミトコンドリアの透過性を亢進したが,モータリンはこの相互作用を阻害することでミトコンドリアの透過性を低下させた.したがって,MEK-ERK調節異常細胞においてモータリンを枯渇させると,細胞死を誘導する程度までミトコンドリアの透過性が亢進した.モータリンを効果的に阻害するHSP70阻害剤(MKT-077)の誘導体(JG-98およびJG231)*は,培養系および移植腫瘍系でB-RafV600E腫瘍細胞とそのB-Raf阻害剤に耐性細胞の増殖を抑制した.これらの所見から,モータリンを標的とすることは,B-Raf変異型やMEK-ERK駆動型腫瘍における選択的治療戦略としての可能性を示すものである.

二つ目では,モータリン/HSPA9の標的化はミトコンドリア膜透過性を乱すことにより選択的にKRAS腫瘍の細胞死を誘発する可能性が示された2).モータリンはMEK/ERK-脱制御腫瘍において高頻度に発現が上昇しており,誤った局在を示す.モータリンは不死化した正常線維芽細胞(IMR90E1A)において野生型K-Rasではなく変異型K-RasG12V発現があると,選択的に細胞死を誘導する.そして,このときK-RasG12Vによって駆動されるMEK/ERK活性がこの致死性に必須である.この細胞死は,ミトコンドリアの細胞死機構を司るANT,CypDおよびMCU(ミトコンドリアCa2+ユニポータ)*のノックダウンやこれらの阻害により減弱される.事実,モータリンを枯渇させるとミトコンドリア膜透過性が増し,KRAS変異ヒト膵管がんおよび結腸がん細胞に細胞死を誘導するが,ANT, CypDあるいは MCUのノックダウンや阻害によりその細胞死が減弱される.これらはTP53やp21CIP1とは関係しない.興味深いことに,Hsp70阻害剤であるMKT-077の新たな誘導体JG-98はK-RasG12V-発現 IMR90E1A細胞およびKRAS-変異腫瘍細胞株において,モータリン枯渇と同様の致死効果を示した.さらに,JG-98アナログでミクロソーム安定性を有するJG-231は,ヌードマウスにおいてK-RasG12C-発現ヒト膵管がんであるMIA PaCa-2細胞の移植腫瘍の増殖を抑制した.これらの結果はがん原性KRAS活性がモータリン枯渇の効果に対して細胞を感受性にすることを示しており,モータリンがKRAS変異腫瘍に対して選択的治療標的となることを示唆している.

 以上の知見は特定の遺伝子変異を有する腫瘍では,今後モータリンが治療標的になる可能性を示すものである.尚,細胞の生存と老化に関わるミトコンドリアmtHsp70,モータリンの役割については,最近の総説3)を参考にされたい.

参考文献

  1. Wu PK, et al. Mortalin (HSPA9) facilitates BRAF-mutant tumor cell survival by suppressing ANT3-mediated mitochondrial membrane permeability. Sci Signal, 13: eaay1478, 2020.
  2. Wu PK, et al. Mortalin/HSPA9 targeting selectively induces KRAS tumor cell death by perturbing mitochondrial membrane permeability. Oncogene, 9: 4257-70, 2020.
  3. Srivastava S, et alEvolving paradigms on the interplay of mitochondrial Hsp70 chaperone system in cell survival and senescence. Crit Rev Biochem Mol Biol, 54: 517-36, 2019.

用語解説

* ANT3(アデニンヌクレオチドトランスロカーゼ3 ):アデニンヌクレオチド交換輸送体.ミトコンドリアの輸送系,ATP-ADP輸送体で,AAA(ATP:ADP Antiporter)とも呼ばれる.ANT3は,mPTP(mitochondrial permeability transition pore,ミトコンドリア透過性遷移孔)を構成していると考えられている.

*CypD(シクロフィリンD): タンパク質の構造をプロリン残基で大きく変換させる機能を持つ酵素.シクロフィリンD はミトコンドリアに存在する.ネクローシスにおいてミトコンドリアが正常な機能を失う現象に関与する.

*ペプチジルプロリル イソメラーゼ:リン酸化されたセリン/スレオニン-プロリン(Ser/Thr-Pro)というモチーフに結合し,そのペプチド結合を介してタンパク質の構造をシス・トランスに異性化させることにより,リン酸化タンパク質の機能を調節する新しいタイプのレギュレータ.

*JG-98およびJG-231:モータリンの特異的阻害剤であるMKT-077の誘導体.いずれもHsp70のアロステリック阻害剤でHsp70-Bag3 相互作用を破綻させる.MKT-077に比べて高い阻害効果を示す.

*MCU(ミトコンドリアCa2+ユニポーター):ミトコンドリアカルシウム単輸送体のこと.ミトコンドリアのマトリクス内にCa2+を取り込む,高い選択性を持つイオンチャネルである