学会ニュースNo.186【学術紹介81】ハイパーサーミアに関する最近の話題81

学術紹介:
前立腺肥大症による中等度から重度の下部尿路症状に対する水蒸気温熱治療の多施設ランダム化偽対照比較試験の最終5年間の結果
 河合 憲康*
 名古屋市立大学医学部附属みどり市民病院 泌尿器科

前立腺肥大症の罹患率は加齢とともに増加し, 前立腺肥大症で50歳以上の患者の50-70%, 80歳代の患者の80%以上は排尿障害, 頻尿などの下部尿路症状を呈する1).中等度 から重度の下部尿路症状に対する治療の第一選択はα1ブロッカー†1や5α還元酵素阻害剤†2の内服であるが, これらの内服は, 射精障害,精液減少などの性機能を障害するため,代 替治療が望まれている.また, 手術治療としては経尿道的前立腺切除術(TURP†3)が伝統的に標準手術であったが, 同様に手術侵襲や術後性機能障害が懸念されるため,代替手術が望ま れている.TURPに代わる低侵襲手術手技として水蒸気温熱治療(Rezum System)が開発され,米国食品医薬品局に2015年に認可された.今回, 水蒸気温熱治療の多施設ランダム化偽対照比較試験の最 終5年間の結果が公開されたので紹介する2).
水蒸気温熱治療(Rezum System)の原理を概説する.103℃の水蒸気を経尿道的に前立腺組織に対し9秒間噴霧し,前立腺組織を約70℃まで上昇させ,組織を壊死させるものである.水蒸気は540 cal/mlのエネルギーを蓄積してお り,水蒸気が前立腺組織内で水に戻る際(相転移)に,このエネルギーが瞬時に放出され,組織の壊死はこのエネルギーを用いている.前立腺の外側は前立腺組織の肥大により偽被膜が形成されているため, 水蒸気は偽被膜を通過 せず,治療効果は前立腺内部に限局すると考えられる.なお,偽対照群は19-22Fr硬性膀胱鏡を治療群と同様に前立腺部尿道まで挿入を行った.
2013年9月から2014年8月までに384名がエントリーし,スクリーニングの結果197名が試験に参加した.適応基準は50歳以上,IPSS†4>13,前立腺体積が30~80 cm3,中葉肥大†5がないことである.治療群と偽 対照群を2:1にランダムに分け, 135名が治療群,61名が偽対照群となった.偽対照群61名中53名が試験開始3ヶ月後にクロスオーバーとしてRezum治療を受けた.
治療効果判定には①IPSS†4 ②IPSS QOL†5 ③Qmax†6 ④BPHII†7を用いた.また観察期間5年間における再手術の頻度も検証した.治療群ではIPSSは, 治療から3ヶ月で22.0から10.6へ下降し,5年間低値 を維持した.IPSS QOLも同様に, 治療から3ヶ月で4.4±1.1から2.3±1.5へ下降し,さらに治療から5年後に2.2±1.4へ下降した.Qmaxは, 治療から3ヶ月で9.9±2.2 ml/秒から15.5±6.7 ml/秒へ上昇 し,5年間維持した.BPHIIも同様に術後半年で51%減少し,5年後では最大値の45%で維持していた.5年間で水蒸気手術やレーザー核出術などの再手術となった症例は5%未満であった.また,クロスオーバーで3ヶ月後にRezumを施行した群も同様の結果を示した.
 有害事象は治療群と偽対照群で,術後の排尿困難16.9%:18.9%,血尿12.5%:1.3%,血精液症†87.4%:3.8%,頻尿5.9%:5.7%,尿閉4.4%:5.7%,尿路感染症3.7%:7.5%,精液量減少3.7%:7.5%と差は認めなかった.
 他の低侵襲手術手技には経尿道的前立腺つり上げ術がある.しかし,これはインプラントで前立腺組織をつり上げて尿道を広げる手術であり,前立腺組織は摘除しない.このため5年間の再手術率は13.6%である3).また,温熱治療を利用した経尿道的手術手技として経尿道的針焼灼術(TUNA†9)4),経尿道的マイクロ波高温度治療術(TUMT†10)5)もあるが,5年間の再手術率はそれぞれ約50%,20%と高率である.
安全性,性機能の維持,そして特に長期間の効果の持続という観点から前立腺肥大症による中等度から重度の下部尿路症状に対する水蒸気温熱治療は選択肢の一つと考えられ,本邦でも施行される症例が増えている.
参考文献
1) Egan K.B.: The epidemiology of benign prostatic hyperplasia associated with lower urinary tract symptoms: prevalence and incident rates. Urol Clin North Am, 43: 289-297, 2016.
2) McVary K.T., Gittelman M.C., Goldberg K.A., Patel K., Shore N.D., Levin R.M., Pliskin M., Beahrs J.R., Prall D., Kaminetsky J., Cowan B.E., Cantrill C.H., Mynderse L.A., Ulchaker J.C., Tadros N.N., Gange S.N., Roehrborn C.G.: Final 5-Year outcomes of the multicenter randomized sham-controlled trial of a water vapor thermal therapy for treatment of moderate to severe lower urinary tract symptoms secondary to benign prostatic hyperplasia. J Urol, 206:715-724,2021.
3) Roehrborn C.G., Barkin J., Gange S.N., Shore N.D., Giddens J.L., Bolton D.M., Cowan B.E., Cantwell A.L., McVary K.T., Te A.E., Gholami S.S., Moseley W.G., Chin P.T., Dowling W.T., Freedman S.J., Incze P.F., Coffield K.S., Herron S., Rashid P., Rukstalis D.B.: Five year results of the prospective randomized controlled prostatic urethral L.I.F.T. study. Can J Urol, 24: 8802-8813, 2017.
4) Hill B., Belville W., Bruskewitz R., Issa M., Perez-Marrero R., Roehrborn C., Terris M., Naslund M.: Transurethral needle ablation versus transurethral resection of the prostate for the treatment of symptomatic benign prostatic hyperplasia: 5-year results of a prospective, randomized, multicenter clinical trial. J Urol, 171: 2336-2340, 2004.
5) Mynderse L.A., Roehrborn C.G., Partin A.W., Preminger G.M., Coté E.P.: Results of a 5-year multicenter trial of a new generation cooled high energy transurethral microwave thermal therapy catheter for benign prostatic hyperplasia. J Urol, 185:1804-1810, 2011.
用語解説
☨1α1ブロッカー: 前立腺は交感神経受容体が豊富に存在し,α交感神経刺激で前立腺が収縮し排尿障害を起こす.αブロッカーにより前立腺の収縮を抑え抵抗をとり排尿改善を目指す薬剤.
☨2 5α還元酵素阻害剤: 前立腺はテストステロンが5α還元酵素により変換されたジヒドロテストステロンが作用して腫大する.5α還元酵素阻害剤によりジヒドロテストステロンの濃度を低下させ,前立腺の腫大を抑制する.
☨3 TURP: Transurethral Resection of Prostate.経尿道的前立腺切除術.内視鏡を用い経尿道的に前立腺の腺腫を電気メスで切除する.出血や性機能障害などの有害事象が多い.
☨4 IPSS:International Prostate Symptom Score.国際前立腺症状スコア.前立腺肥大症に対する症状質問表であり,点数が高い方が重症. 残尿感,頻尿,尿線途絶,尿意切迫感,尿勢低下,腹圧 排尿,夜間排尿回数の7項目の質問から成り,それぞれ0〜5点の点数をつける.合計点数が0〜7点,8〜19点,20〜35点をそれぞれ軽症,中等症,重症と評価する.また,QOLスコアは現在の排尿状態に対する患者自身の満足度を示す指標で,0点(とても満足)から6点(とてもいやだ)までの7段階で評価し,軽症(0〜1点),中等症(2〜4点),重症(5〜6点)に分類する.
☨5 IPSS QOL: 現在の排尿に関する患者の満足度を示す指標.「現在の尿の状態がこのまま続いたらどう思うか」という質問,0点(とても満足)から6点(とてもいやだ)で満足度を評価する.
☨6 Qmax: 単位時間あたりの排尿量を測定するときの最大の値.20 ml/秒が尿勢減弱の目安となっている.数値が大きい方が尿勢が良いことを示す.
☨7 BPHII: Benign Prostatic Hyperplasia Impact Index.前立腺肥大症の自覚症状を評価し,重症度を判定するための質問票の一つ.身体の不安や煩わしさを評価するもので,0〜10点で評価され,点数が高い方が,不満が大きいことを示す.
☨8血精液症: 精液に血液が混入し,精液が赤色調を示す状態のこと. 出血部位としては多くの場合精嚢または前立腺.
☨9TUNA: Transurethral Needle Ablation.経尿道的針焼灼術.針電極を前立腺に刺入し,ラジオ波で加温する.
☨10TUMT: Transurethral Microwave Thermotherapy.経尿道的マイクロ波高温度治療.経尿道プローブでマイクロ波を用いて前立腺を加温.
利益相反に関する開示:
 著者に利益相反状態は認められなかった.

Mini-review:
Water Vapor Thermal Therapy for Benign Prostate Hyperplasia
NORIYASU KAWAI*
Department of Urology, Nagoya City University Midori Municipal Hospital
Nagoya 458-0037, Japan.
*Corresponding author: n-kawai@med.nagoya-cu.ac.jp
Key Words: water vapor thermal therapy, benign prostate hyperplasia, clinical trial
Received: 15 June, 2023
Accepted: 31 July, 2023

Thernal medicine Vol.39(3)掲載予定


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