日本ハイパーサーミア学会ニュースNo.163【学術報告74】

最近の話題74(2022/03/16配信)

HSP40ファミリーのDNAJA1は変異型p53との会合を介してがんの転移を促進する

大塚健三*

中部大学 応用生物学

これまで分子シャペロン機能を持つ熱ショックタンパク質(heat shock proteins,HSPs)(具体的にはHSP90やHSP70など)やその転写因子であるHSF1が,がんの発生や進展,転移などに関与していることは多く報告されてきている.一方,シャペロン補助因子(co-chaperone)であるHSP40ファミリー†1のメンバーについては,DNAJA3/Tid1はがんに対して抑制的に働き,DNAJB8はがんに対して促進的に機能していることなどが報告されている1, 2.今回紹介するのは,そのHSP40ファミリーの別のメンバーであるDNAJA1が,変異p53(mp53)†2と会合して安定化することでがんの転移を促進するというKaidaらの報告である3).mp53の細胞内での安定化が,がん細胞の進展に大きく寄与していることはよく知られている.同じ研究グループの先行研究として,コレステロール濃度を低下させる薬剤であるスタチン(statin)†3がmp53(立体構造変異型)の分解を特異的に誘導することでがん細胞の増殖を抑制することを見出している4.そのメカニズムを検討したところ,スタチンによってメバロン酸代謝経路の酵素(HMG-CoA reductase)が阻害されて中間代謝産物のメバロン酸-5-リン酸(MVP)が減少することで,mp53とDNAJA1との会合が損なわれ,その結果mp53が不安定になってユビキチン-プロテアソーム系によって分解されることがわかったのである.なお,メバロン酸-5-リン酸とmp53-DNAJA1の関係については未解明である.今回紹介する論文ではmp53の安定化に関わるDNAJA1の機能をさらに詳しく解析している3

 まず,頭頸部扁平上皮がん(head and neck squamous cell carcinoma,HNSCC)の細胞株および組織では正常細胞や正常組織に比べてDNAJA1が高発現していることを確認した.次いで,立体構造変異型mp53を発現しているHNSCC細胞においてDNAJA1をノックダウンするとmp53レベルが低下,遊走能も低下,遊走能に関わるCDC42/RAC1†4の活性型およびフィロポディア/ラメリポディア形成も著しく低下した.しかし,これらの効果はDNA接触型mp53や野生型p53を持つ細胞では観察されなかった.また,DNAJA1は立体構造変異型mp53とのみ特異的に会合していることも確認された.さらに,立体構造変異型mp53を持つ HNSCCの移植腫瘍においてもDNAJA1をノックダウンすると,腫瘍の増殖が抑制されるとともにリンパ節や肺への転移も阻害された.これらの結果はDNAJA1がmp53の変異型に依存してHNSCCの転移を促進していることを示唆しており,立体構造変異型mp53を保有するがん細胞においてDNAJA1が治療の標的になりうる可能性が示された. 

なお,この研究グループからは最近HSP40ファミリーメンバーによる腫瘍抑制因子であるp53の制御に関する総説が報告されている5

参考文献

1)        Nishizawa S., Hirohashi Y., Torigoe T., Takahashi A., Tamura Y., Mori T., Kanaseki T., Kamiguchi K., Asanuma H., Morita R., Sokolovskaya A., Matsuzaki J., Yamada R., Fujii R., Kampinga H.H., Kondo T., Hasegawa T., Hara I., Sato N.: HSP DNAJB8 controls tumor-initiating ability in renal cancer stem-like cells. Cancer Res, 72: 2844–2854, 2012.

2)      Chen C-Y., Jan C-I., Lo J-F., Yang S-C., Chang Y-L., Pan S-H., Wang W-L., Hong T-M., Yang P-C.: Tid1-L inhibits EGFR signaling in lung adenocarcinoma by enhancing EGFR ubiquitinylation and degradation. Cancer Res, 73: 4009–4019, 2013.

3)        Kaida A., Yamamoto S., Parrales A., Young E.D., Ranjan A., Alalem M.A., Morita K-I., Oikawa Y., Harada H., Ikeda T., Thomas S.M., Diaz F.J., Iwakuma T.: DNAJA1 promotes cancer metastasis through interaction with mutant p53. Oncogene,40: 5013–5025, 2021.

4)        Parrales A., Ranjan A., Iyer S.V., Padhye S., Weir S.J., Roy A., Iwakuma T.: DNAJA1 controls the fate of misfolded mutant p53 through the mevalonate pathway. Nat Cell Biol, 18: 1233-1243, 2016.            

5)        Kaida A., Iwakuma T.: Regulation of p53 and cancer signaling by heat shock protein 40/J-domain protein family members. Int J Mol Sci, 22: 13527, 2021.

用語解説

†1HSP40ファミリー:HSP40ファミリータンパク質は大腸菌のDnaJと相同性があるのでJドメインタンパク質とも呼ばれている.哺乳類では約50個のメンバーが知られており,ドメイン構造によってDNAJA,DNAJB,DNAJC の3つのクラスに分類される.大腸菌DnaJタンパク質にはアミノ末端に約70アミノ酸からなるJドメインがあり,このドメインは他のファミリーメンバーのすべてに共通して存在している.Jドメインの次にグリシンとフェニルアラニンの多いG/Fドメイン,中央付近にシステインの多いCドメインがある.HSP40ファミリーメンバーの中で,これら3つのドメイン(J,G/F,C)を持つのがDNAJA,JドメインとG/Fドメインを持つのがDNAJB,Jドメインのみを持つのがDNAJCとクラス分けされている.それぞれのクラスのメンバーはまた番号によって区別される.HSP40ファミリータンパク質自身にはシャペロン機能はなく,Jドメインを介してHSP70と会合することでそのシャペロン機能を促進する補助因子(co-chaperone)として働く.

†2変異p53(mp53):腫瘍抑制因子であるp53は多くのがんで変異していることはよく知られているが,その変異の多くはミスセンス変異であり,大まかに2種類に分けられる.タイプIはDNA接触型であり,p53のDNA結合部位のアミノ酸の変異である.タイプIIはp53タンパク質全体の立体構造全体に影響を与えるアミノ酸変異(立体構造変異型,conformational/unfolded type)である. 

†3スタチン(statin):スタチンは肝臓でのコレステロール合成を阻害して血液中の悪玉コレステロールと呼ばれるLDLコレステロールを低下させ,動脈硬化を予防する薬として世界中で処方されている.スタチンというのはいくつかの薬剤の総称であり,プラバスタチン,アトルバスタチン,ロバスタチンなどが知られている.コレステロールはアセチル-CoAから始まるメバロン酸経路で合成される.この経路の途中でメバロン酸(MVA)を合成する酵素がHMG-CoA reductase(hydroxy methyl glutaryl-CoA還元酵素)であり,この酵素活性を阻害するのがスタチンである.メバロン酸(MVA)はメバロン酸キナーゼによってリン酸化されてメバロン酸-5-リン酸(MVP)になる.

†4CDC42/RAC1:細胞ががん化すると細胞内のアクチン線維などがダイナミックに組み替えられて細胞表層でフィロポディア/ラメリポディアが多数形成されて遊走能が活発になる.この過程を制御するのがRhoファミリータンパク質でGTPase活性を持つCDC42とRAC1である.

利益相反に関する開示:

 著者に利益相反状態は認められなかった.

Mini-review:

HSP40 Family Member DNAJA1 Promotes Cancer Metastasis through Interaction with Mutant p53

KENZO OHTSUKA*

College of Bioscience and Biotechnology, Chubu University, Kasugai, Aichi 478-8501, Japan

*Corresponding author: kohtsuka@isc.chubu.ac.jp

Key Words: HSP40 family, DNAJA1, mutant p53, metastasis

Received: 28 February, 2022

Accepted: 4 March, 2022