日本ハイパーサーミア学会ニュースNo.175【学術紹介80】ハイパーサーミアに関する最近の話題80

学術紹介
温度と光を感知し相分離する色素タンパク質フィトクロムB
森 英一朗*
奈良県立医科大学未来基礎医学

生物は,太陽からの光と気温の変化によって一日の変化を感じ取っている。生物にとって,光と温度は自然界に存在する身近な刺激である.生物がどのようにして環境刺激を信号として感知しているのかについては,多くの研究がなされてきた.
1960 年代に発見された緑色蛍光タンパク質は「光観察」のツールとして生命科学に革新をもたらし,2008 年のノーベル化学賞に選ばれた.「光観察」に続く「光操作」のための革
新的技術を光遺伝学†1(オプトジェネティクス)と呼ぶ.また、「光遺伝学のチャネルロドプシン」や,2021年のノーベル医学・生理学賞に選ばれた「温度受容体および触覚受容体」は,いずれもチャネルを介した電気信号として脳に刺激情報を伝える.一方で,チャネルを介さない光や温度の感知については,未解明の点が多く残されている.
今回紹介するMolecular Cell誌に掲載されたDi Chenらの論文では,光と温度を感知することが知られていた植物由来の色素タンパク質であるフィトクロムB†2の「相分離」における役割について報告している1).相分離は,生体分子が相互作用を介して集合状態を形成し,特定の生命機能の発現を制御している物理化学的な現象として2010年代に注目されるようになった2).この論文では,フィトクロムBのN末端側に存在する100アミノ酸残基程度の領域が,特定の構造を持たない天然変性†3領域であり,この領域
がフィトクロムBの光応答性の相分離において重要であることが示された.このフィトクロムBの光応答性の相分離は赤色光によって誘導され,遠赤外光によって解消されることが示された.さらに,このフィトクロムBの赤色光によっ???
 誘導される相分離液滴が温度上昇†4によって解消され、温度低下によって再び相分離液滴の形成が起こる温度応答性も示された.
 今回の研究では,一つのタンパク質分子が光や温度を相分離という現象を通じて感知している知見について紹介した.しかしながら,それらの刺激をどのように生命活動に活用しているのかについては,まだまだ不明な点が多い。本研究がさらに発展し,光や温度を活用した治療法の確立に繋げられていくことに期待したい.

参考文献
1.    Chen D., Lyu M., Kou X., Li J., Yang Z., Gao L., Li Y., Fan L.M., Shi
H., Zhong S. Integration of light and temperature sensing by liquid-liquid
phase separation of phytochrome B. Mol Cell, 82: 3015-3029, 2022.
2.    Yoshizawa T., Nozawa R.S., Jia T.Z., Saio T., Mori E. Biological phase
separation: cell biology meets biophysics. Biophys Rev, 12: 519-539, 2020.

用語解説
†1光遺伝学:光でタンパク質を制御する手法の総称.「optogenetics」は「optics」と「genetics」を合わせた造語であり,光遺伝学と訳される.特定の細胞に光に応答するタンパク質を発現させ,外部から光を照射することで「光による操作」を可能にする.
†2フィトクロムB:植物や真菌,細菌,シアノバクテリアに含まれる色素タンパク質.フィトクロムBは,赤色光および遠赤外光の領域を対象とする光受容体である.赤色光を吸収する構造と遠赤外光を吸収する構造の2つの可逆的な構造状態を取り得る.また光刺激の無い状態(暗所)は,構造状態を元に戻すことも知られている.さらに、この構造状態の巻き戻しの過程が温度によって影響を受けることも明らかにされてきた.
†3天然変性:天然に変性した状態,つまり構造解析により特定の構造を持つことが確認できない自由度の高い状態を意味する.天然変性状態は2000年前後に核磁気共鳴法(NMR)によるタンパク質の構造解析によってその存在が明らかにされ,2010年代に注目されるようになった生物学的な相分離現象の中心的役割を果たすと考えられている.天然変性配列は,特定の構造を有するタンパク質分子の領域が鍵と鍵穴の役割を果たすのと異なり,取り得る構造的な自由度の高い特徴を生かし生体分子の集合状態を駆動し,様々な生命反応の場を提
供していると考えられている.こうして形成された動的性質の高い生体分子の集合状態のことを相分離と呼び,近年活発に研究が進められている.
†4温度上昇:本研究では,細胞を用いたタイムラプス観察では温度を15℃から30℃まで10分間に5℃ずつ上昇させ,植物個体の検討では16℃もしくは28℃の部屋に移動させることで温度変化の評価を行った.

利益相反に関する開示
 著者に利益相反状態は認められなかった.

Mini Review
Phytochrome B Phase Separation for Sensing Light and Temperature
EIICHIRO MORI*
Departments of Future Basic Medicine, Nara Medical University, Kashihara,
Nara 634-8521, Japan
*Corresponding author: emori@naramed-u.ac.jp
Key Words: phytochrome, phase separation, temperature sensing
Received: 26 August, 2022
Accepted: 16 January, 2023
Thermal Medicine 2023.39(1)掲載予定