液-液相分離による細胞応答の新展開

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液-液相分離による細胞応答の新展開

 吉澤 拓也(立命館大学)

 森 英一朗(奈良県立医科大学)

近年,がんの三大治療法(外科手術・放射線療法・化学療法)が画期的に発展を遂げてきたにもかかわらず,今なお,がんは日本人の死因の一位である.がん治療においては,放射線治療や化学療法によってDNA損傷を生じさせ,がん細胞を細胞死へと導くことを目指している.しかしながら,がん細胞はDNA損傷応答を含めたストレス応答機構が正常細胞よりも発達しているため,ストレス応答制御ががん治療において重要である.ところが,がんのストレス応答機構には,まだまだ未解明の現象が多く残されている.

近年,タンパク質構造を持たない天然変性配列が様々な疾患と関連性があることが明らかになってきた1).天然変性配列とは,áヘリックスやâシート等の2次元構造を取らないタンパク質の領域のことを意味し,そのアミノ酸の組成から,LC(低複雑性:low-complexity)配列(もしくはLCドメイン)とも呼ばれている.LCドメインとは,アミノ酸20種類のうち,わずか数種類だけを使って構成されたタンパク質の配列を有するタンパク質領域であり,その構造や機能に関しては長年謎に包まれていた.

細胞の中には,ミトコンドリアや小胞体のように,膜によって分画されるオルガネラが存在する.一方で,膜を持たないオルガネラは(membrane-less organelle),核小体やRNA顆粒などのような細胞内の特定の部位として認識されており,タンパク質の持つ新たな機能として近年着目されている.そして,その形成にはLC配列を有するタンパク質によるcross-âポリマー(âシート構造を介して形成されたポリマー)形成や液-液相分離(liquid-liquid phase separation)という現象が重要であるということが徐々に明らかになってきた.

染色体転座による肉腫の原因遺伝子として知られているFUS(fused-in-sarcoma)は,RNA結合タンパク質であり,N末領域にLC配列を有する.FUSは,真核細胞のDNA修復機構において機能しており,この機構の中心的制御酵素であるDNA依存性タンパク質リン酸化酵素(DNA-PK)によってリン酸化されることが知られている2).FUSのLCドメインがDNA-PKによってリン酸化されると,ポリマー形成が阻害される3).また,FUSのLCドメインが相分離してできた液滴内部にも,ポリマー構造が存在していることが再確認され,そのポリマー構造がリン酸化により崩壊することで,液滴が融解される機構が明らかになった4)

細胞が温熱などのストレス環境にさらされると,ストレス顆粒と呼ばれるRNAに富んだ膜を持たないオルガネラを形成することが知られており,このストレス顆粒の形成には,FUSなどのLCドメインが重要な役割を果たしている.また,核内輸送受容体のImportinがシャペロン様に働くことで,FUSの液-液相分離が阻害されることが明らかになった5).この発見により,LCドメインによる液-液相分離という現象を理解するためには,一方向性の機序の解明だけでは不十分であるということが示された.

古くから,DNA修復因子の細胞内での挙動は,複雑に制御されていることが知られている.例えば,BRCA2などのDNA修復に関わるタンパク質が温熱処理により減少したり,DNA損傷認識因子(53BP1やSMC1)のフォーカス形成が,温熱処理により阻害を受けたり,DNA修復因子のMre11が温熱処理後に細胞核から細胞質へと移動したりするとされてきた.しかし,温熱処理後しばらくすると,再び核内に戻り,DNA損傷部位に集積する6)ことも明らかになった.さらに,物質の輸送に関連するImportinがFUSの相分離を制御している5)ということから,液-液相分離と物質輸送の関係については,これまで考えられていたよりも複雑であることが想像され,がん細胞のストレス応答機構の理解には,これらの複合的な理解が欠かせない.液-液相分離の領域において,今後の研究の展開が期待される.

参考文献

  1. Taylor JP, et al. Decoding ALS: from genes to mechanism. Nature 539:197-206, 2016.
  2. Deng Q, et al. FUS is phosphorylated by DNA-PK and accumulates in the cytoplasm after DNA damage. J Neurosci 34:7802-13, 2014.
  3. Kato M, et al. Cell-free formation of RNA granules: low complexity sequence domains form dynamic fibers within hydrogels. Cell 149:753-67, 2012.
  4. Murray DT, et al. Structure of FUS protein fibrils and its relevance to self-assembly and phase separation of low-complexity domains. Cell 171:615-27, 2017.
  5. Yoshizawa T, et al. Nuclear import receptor inhibits phase separation of FUS through binding to multiple sites. Cell 173:693-705, 2018.
  6. Takahashi A, et al. The foci of DNA double strand break-recognition proteins localize with gamma H2AX after heat treatment. J Radiat Res 51:91-5, 2010.