温度感受性リポソーム包埋型ドキソルビシンは従来の投与法より高濃度で膀胱にドキソルビシンを集積させる-筋層浸潤膀胱癌治療への発展

一社)日本ハイパーサーミア学会ニュースNo.131【学術報告59】

ハイパーサーミアに関する最近の話題59

温度感受性リポソーム包埋型ドキソルビシンは従来の投与法より高濃度で膀胱にドキソルビシンを集積させる-筋層浸潤膀胱癌治療への発展

河合 憲康(名古屋市立大学大学医学研究科 腎・泌尿器科学分野)

ハイパーサーミアの領域においてナノ粒子を用いた治療法も開発されている.代表的なものに金ナノロッドと近赤外線照射によるphotothermal therapy1)や,マグネタイト(Fe3O4 )からなる磁性ナノ粒子が交流磁場によるヒステリシス損失で発熱するメカニズムを用いた磁場誘導組織内加温法がある2) .また,加温により抗癌剤を放出するリポソームを用いたDrug delivery system (DDS)も開発されている.このDDSの研究の中で, 尿路系の構造がヒトに類似している大型動物であるブタを用いた筋層浸潤性膀胱癌に対する膀胱温存治療に結びつくトランスレーショナル研究について詳細を報告する3)

膀胱癌は大きく分けて早期癌である非筋層浸潤性膀胱癌(表在性癌)と進行癌である筋層浸潤性膀胱癌(muscle-invasive bladder cancer: MIBC)に分けられる.MIBCの治療の原則は膀胱全摘除術+尿路変更術であるが,これは患者のQOLを下げることになる.抗癌剤の経静脈的な全身投与は副作用を抑えるため膀胱における抗癌剤の濃度が低くならざるを得ず,治療効果は満足のいくものではない.今までもリポソームを用いた抗癌剤のDDSは存在したが,EPR効果による消極的な送達であった.また,古典的な温度感受性リポソームも存在し,肝臓癌に対する臨床試験も行われたが,治療効果は認められなかった4)

本研究3)ではリポソームとしてphosphatidyldiglycerol-based thermosensitive liposomes (DPPG2-TSL)を用いた.これは血漿中でも60分間は安定しており,40-42℃の加温で速やかに内包する抗癌剤を放出する性質がある.研究デザインは以下の通りである.DPPG2-TSLで抗癌剤ドキソルビシン(DOX)を包埋したDPPG2-TSL-DOXをブタに静脈注射を行う.膀胱はSynergo systemを用いて加温した.経尿道的に膀胱内にアプリケーターを挿入し,915 MHzのラジオ波を照射し膀胱内面からハイパーサーミアを実施,膀胱内を60-90分間43℃で維持する.膀胱壁は加温されるため,静脈注射によって全身に行きわたったDPPG2-TSL-DOXから,加温によって膀胱壁でのみDOXが放出される.結果として膀胱壁には高濃度のDOXが集積するが,他臓器にはDOXは集積しないというものである.方法と結果は以下の通りである.

21匹のブタを用いて,3匹ずつ以下の7群に分けた.

  1. (静注)DPPG2-TSL-DOX (20 mg/m2)+60分加温,
  2. (静注)DPPG2-TSL-DOX (20 mg/m2)+90分加温,
  3. (静注)DPPG2-TSL-DOX (20 mg/m2)(加温なし),
  4. (静注)DOX (20 mg/m2) +60分加温,
  5. (静注)DPPG2-TSL-DOX (60 mg/m2) +60分加温,
  6. (膀胱内注入)DOX (50 mg/50ml)(加温なし),
  7. (膀胱内注入)DOX (50 mg/50ml) +60分加温.

治療後直ちに臓器を摘出し,組織内のDOX濃度はHPLCで測定.組織内の分布は蛍光免疫染色で検討した.膀胱壁内のDOX濃度は,DOX単独④よりDPPG2-TSL-DOX (20 mg/m2)加温あり群①②が有意に増加していた.また,DPPG2-TSL-DOX (60 mg/m2)+加温あり群⑤は,DPPG2-TSL-DOX(20 mg/m2)+加温あり群①②より7倍高い濃度であった.加温時間による差は認められなかった.膀胱壁内では粘膜,筋層,漿膜と均等にDOXは分布していた.どの群でも心臓,腎臓,肝臓,脾臓,肺ではDOXの集積は少なかった.これらの結果からDPPG2-TSL-DOX+温熱治療は,従来のDOX単独投与より抗癌作用が大きいと考えられる.これらのことから,MIBCに対する新しい治療法として検討する価値があると思われる.ハイパーサーミアの中で,ナノ粒子を用いた治療法の開発が臨床応用されることを期待している.

参考文献

1) De Matteis V, et al. Engineered gold nanoshells killing tumor cells: New perspectives. Curr Pharm Des, 25: 1477-89, 2019.

2) Ito A, et al. Cancer immunotherapy based on intracellular hyperthermia using magnetite nanoparticles: A novel concept of “heat-controlled necrosis” with heat shock protein expression. Cancer Immunol Immunother, 55: 320-8, 2006.

3) van Valenberg F, et al. Dppg2-based thermosensitive liposomes with encapsulated doxorubicin combined with hyperthermia lead to higher doxorubicin concentrations in the bladder compared to conventional application in pigs: A rationale for the treatment of muscle-invasive bladder cancer, Int J Nanomedicine, 16: 75-88, 2021.

4) Tak W, et al. Phase III HEAT study adding lyso-thermosensitive liposomal doxorubicin to radiofrequency ablation in patients with unresectable hepatocellular carcinoma lesions. Clin Cancer Res, 24: 73-83, 2018.