熱ショック転写因子HSF1の新たな機能−Kuタンパク質に結合してDNA修復を阻害する−
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熱ショック転写因子HSF1の新たな機能−Kuタンパク質に結合してDNA修復を阻害する−
大塚健三(中部大学応用生物学部)
熱ショックなどのストレスによって新たに合成される熱ショックタンパク質(heat shock proteins, HSPs)の発現は,熱ショック転写因子1(heat shock factor 1, HSF1)によって制御されている.合成されてきたHSPsは,ストレスで細胞内に生じた異常なタンパク質が蓄積しないように品質管理(修復や分解)をおこない,細胞の正常機能を維持している.したがって,このHSF1-HSPs システムは細胞レベルでの防御機構の一つである.ところが,がん細胞では,HSF1はHSPsだけではなく,細胞の生存を促進するような数多くの遺伝子を転写活性化することが知られている.これは「がん細胞がHSF1の機能をうまく活用することで,ストレスの多い宿主の環境でも生き延びるように適応している」との考え方を支持する1).
最近,HSF1の転写因子としての機能とは無関係に,HSF1タンパク質がKuタンパク質と結合することでDNA修復を阻害し,放射線照射後のゲノム不安定性を増加させ,がんの発生を促進していることを示唆する論文が報告された2).
これを説明するために,DNA二本鎖切断(double strand break, DSB)の修復について簡潔に述べる.DNAにDSBが生じたときにその切断末端を再結合する機構として,相同組換え(homologous recombination, HR)と非相同末端結合(non-homologous end joining, NHEJ)の二つが知られている.細胞の減数分裂などの生理学的過程では主にHRがはたらき,放射線などの外的な作用でDSBが生じたときには主にNHEJによって修復される.NHEJでは,まず生じた二つの切断末端にそれぞれKuタンパク質(Ku70とKu86のヘテロ二量体)が結合する.このKuヘテロ二量体はDSBを感知するセンサーである.これら二つの二量体同士が結合することで切断末端が離れないようにつなぎ止めている.そこに,修復に必要なさまざまなタンパク質,例えばDNA依存プロテインキナーゼ(DNA-PKCS,CSはcatalytic subunitの略),Artemis(エキソヌクレアーゼとエンドヌクレアーゼの二つの活性をもつ),XRCC4,DNAリガーゼIVなどが集まり,DNAの二本鎖末端を再結合させる3).
Kangらの論文3)では,細胞に5または10 Gyのγ線照射後,4N以上(異数性)の細胞の割合およびコメットアッセイによるDNA損傷の程度を調べたところ,HSF1をsiRNA法によりノックダウンした細胞では対照の細胞に比べて,異数性の細胞の割合が減少し,DNA損傷も少なかった.また,HSF1ノックアウト細胞(HSF1-/-)では正常細胞(HSF1+/+)に比べて,やはり,γ線照射後の異数性の細胞の割合が低下しDNA損傷も少なかった.つまり,HSF1は放射線照射によるDNA損傷の修復を阻害していることになる.そのメカニズムとして著者らは,HSF1が直接Ku70とKu86に結合しKu70-Ku86の二量体形成を阻害することを示した.さらに,HSF1によるDNA修復阻害効果は,HSF1のリン酸化や転写因子活性とは無関係であり,HSF1タンパク質独自の性質によるという.ラットの乳がん(発がん剤で発症)においてHSF1が高発現している腫瘍組織では,Ku70-Ku86の二量体形成が阻害されているという結果も得られている.
HSF1がさまざまながん細胞で高発現しているので,HSF1は転写因子としてがん細胞の生存に必要なタンパク質を誘導して細胞増殖を促進することに寄与していると考えられてきた.しかし,今回の報告は,HSF1タンパク質自身がKuタンパク質と結合することによってDNA修復を阻害し,放射線照射後のゲノム不安定性を増加させ,がんの発生を促進することを示唆する.正常細胞では,HSF1はHsp90やHsp70などの分子シャペロンと会合していて不活性な状態に保たれているので,DNA修復阻害はしないと思われる.しかし,HSF1が異常に高発現するようになると,このような「悪さ」をするかもしれない.
参考文献
1) Anckar J., et al. Regulation of HSF1 function in the heat stress response: Implication in aging and disease. Annu Rev Biochem, 80: 1089-1115, 2011.
2) Kang G.Y., et al. Heat shock factor 1, an inhibitor of non-homologous end joining repair. Oncotarget, 6: 29712-29724, 2015.
3) Downs J.A., et al. A means to a DNA end: The many roles of Ku. Nat Rev Mol Cell Biol, 5: 367-378, 2004.