磁性ナノ粒子による細胞内局所加温と合成生物学分野への応用

ハイパーサーミアに関する最近の話題18

磁性ナノ粒子による細胞内局所加温と合成生物学分野への応用

井藤 彰(九州大学 大学院工学研究院 化学工学部門)

マグネタイト(Fe3O4)あるいはマグヘマイト(Fe2O3)からなる磁性ナノ粒子(粒子径10-20 nm程度)は磁気共鳴イメージング(MRI)の造影剤としての実績があり,生体内での安全性は詳細に調べられている.これらの磁性ナノ粒子は交流磁場(周波数100-500 kHz程度)下でヒステリシス損失あるいは緩和損失といったメカニズムで発熱することから,腫瘍組織に磁性ナノ粒子を投与して体外から交流磁場照射を行うハイパーサーミアへの応用が行われている1)

現在,遺伝子工学技術を駆使して人工的な遺伝子回路を構築することで,生命システムをデザインして組み立てる合成生物学の研究が盛んに行われている.その中で最近,合成生物学的アプローチを用いることで,物理的刺激によって細胞機能を制御しようという技術が開発されている.物理的刺激の中で最もよく利用されているのは光刺激であるが,磁場は光と異なり,1) 生体物質にほとんど影響を与えない,2) 比較的深部まで到達する,といった利点があることから有力な選択肢であると考えられている.Huangらは磁性ナノ粒子を細胞に導入して交流磁場照射することで,磁性ナノ粒子を細胞内局所で発熱させ,温度センサーであるイオンチャネル型膜タンパク質TRPV1を開くことで神経細胞の活動電位を惹起させることに成功した2).さらに,Stanleyらは,細胞内で磁性ナノ粒子を形成する性質をもつ鉄貯蔵タンパク質であるフェリチンの遺伝子とTRPV1遺伝子を標的細胞に導入し,磁場照射によってTRPV1を介してカルシウムイオンを流入させ,共導入した人工遺伝子回路のインスリン遺伝子を発現させる仕組みを構築した3).一方,我々のグループでは,温熱誘導型のプロモーターとしてヒトHSP70B’プロモーターを利用し,テトラサイクリン発現制御系のTet-Offプロモーターを融合することで人工ハイブリッドプロモーターを開発し,交流磁場照射による磁性ナノ粒子の発現を引き金とした治療遺伝子の誘導高発現システムを構築した4-5).この温熱誘導型遺伝子発現システムを用いて,A549ヒト肺胞基底上皮腺癌細胞を皮下接種した担癌ヌードマウスに対する磁性ナノ粒子によるハイパーサーミアとTNF-α遺伝子治療の併用を行ったところ,30日間にわたって強く腫瘍増殖を抑制する治療効果がみられた6).これらの技術は磁性ナノテクノロジーと合成生物学の融合と言えよう.合成生物学を駆使して,遠隔での交流磁場照射を引き金に治療遺伝子が誘導発現される技術として,さらなる発展が期待される.

これらの例に示されるように,磁性ナノ粒子による細胞内局所加温技術は,細胞の熱応答の生理学的研究のみならず,合成生物学的アプローチとの組み合わせによる細胞機能制御や遺伝子治療に有用であると考えられる.

TRPV1:transient receptor potential cation channel subfamily V member 1

参考文献:

  1. Ito A., et al. Intracellular hyperthermia using magnetic nanoparticles: A novel method for hyperthermia clinical applications. Thermal Med, 24: 113-129, 2008.
  2. Huang H., et al. Remote control of ion channels and neurons through magnetic-field heating of nanoparticles. Nat Nanotechnol, 5: 602-606, 2010.
  3. StanleyA., et al., Remote regulation of glucose homeostasis in mice using genetically encoded nanoparticles. Nat Med, 21: 92-98, 2015.
  4. Ito A., et al. Heat-inducible transgene expression with transcriptional amplification mediated by a transactivator. Int J Hyperthermia, 28: 788-798, 2012.
  5. Yamaguchi M., et al. Heat-inducible transgene expression system incorporating a positive feedback loop of transcriptional amplification for hyperthermia-induced gene therapy. J Biosci Bioeng, 114: 460-465, 2012.
  6. Yamaguchi M., et al. Heat-inducible gene expression system by applying alternating magnetic field to magnetic nanoparticles. ACS Synth Biol, 3: 273-279, 2014.