糖尿病治療薬メトホルミンはAMPKを介してHSF1活性を阻害し腫瘍増殖を抑制する

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糖尿病治療薬メトホルミンはAMPKを介してHSF1活性を阻害し腫瘍増殖を抑制する
大塚 健三(中部大学応用生物学部)


 メトホルミンはビグアナイド系薬剤の一つで,50年以上にわたって2型糖尿病の治療薬として臨床的に使用されてきている.その分子機構としては,メトホルミンはミトコンドリア呼吸鎖の複合体Iの活性を阻害してATP合成を抑制することによってAMP/ATP比を増加させ,その結果細胞の代謝ストレスセンサーであるAMPK(AMP依存性プロテインキナーゼ)を活性化する.活性化AMPKは細胞内シグナル伝達系を介してATP合成を促進し,ATP消費を抑制するようにさまざまな代謝系を制御し,また,肝臓での糖新生を抑制したり,脂質代謝を調節したり,糖代謝を改善すると考えられている1).最近,このメトホルミンが,がん発生のリスクを低下させ,がんの予後を改善する効果があることが分かってきている2).しかし,そのメカニズムは不明であった.

 最近報告されたDaiらの論文では,メトホルミンによって活性化されたAMPKが,直接熱ショック転写因子HSF1をリン酸化してその機能を不活化することが示された3).その結果,がん細胞内の分子シャペロン(Hsp90やHsp70など)の量が減少してタンパク質恒常性が破綻し,そのことががん細胞の増殖の抑制につながるという.

 この論文の新規な点は,HSF1がAMPKによるリン酸化の標的の一つであること,また,AMPKによってHSF1のSer121がリン酸化されるとHSF1が不活化されることである.HSF1はリン酸化によって活性化されることはこれまでも知られていたが,リン酸化による不活化が分かったのは初めてのことである.さらに,メカニズムは不明だが,熱ショックによりAMPKの活性が阻害され,AMPKによるHSF1の不活化が解除されるので,HSF1の活性化が増大することも示された.このように代謝ストレス応答の中心的役割を持つAMPKと,タンパク質毒性ストレス応答のメイン転写因子であるHSF1が結びついたことも,この論文の新規な発見である.つまり,細胞内のエネルギー代謝の恒常性とタンパク質恒常性のクロストークが明らかになったのである. 

 がん細胞はHSF1やHSPsの細胞内生存機構をうまく利用して自らの生存を有利にしているので,これらを標的とした阻害剤ががんの治療に役立つとの観点から新たな薬剤のスクリーニングが盛んに行われているが,今回の論文ではメトホルミンのように間接的なHSF1阻害剤でも抗がん効果を持つことが示されたことになる.

 ただ,最近ハンチントン病やアルツハイマー病などの神経変性疾患の神経組織でAMPKが活性化していることが分かっているので,この論文の著者らはメトホルミンの長期投与は,HSF1が不活化されて細胞内の分子シャペロン機能が低下することになるので神経変性疾患の発症に寄与するかも知れないと述べている.つまり,神経変性疾患の治療では分子シャペロン機能を亢進させることで原因タンパク質の凝集を抑制し症状を改善することができるからである.がんや神経変性疾患の多くはいずれもおもに老年期になって発症する疾患であり,老年期にHSF1-HSPs系を活性化すべきか抑制すべきか,悩ましいことではある.なぜなら,がんではHSF1-HSPs系が活性化しており,この系を抑制すれば神経変性疾患になりやすくなるからである.

 なお,今回の学術報告はDaiらの論文の解説記事4)を参考にした.

参考文献

  • Foretz M, et al. Metformin: From mechanism of action to therapies. Cell Metabolism. 20: 953-66, 2014.
  • Pollak MN. Investigating metformin for cancer prevention and treatment: the end of the beginning. Cancer Discov. 2: 778-90, 2012.
  • Dai S, et al. Suppression of the HSF1-mediated proteotoxic stresss response by the metabolic stress sensor AMPK. EMBO J. 34: 275-93, 2015.
  • Swan CL, Sistonen L. Cellular stress response cross talk maintains protein and energy homeostasis. EMBO J. 34: 267-9, 2015.