肝細胞がんにおいて保護的オートファジーの阻害はATP-AMPK-mTORを介して温熱誘発アポトーシスを増強する

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肝細胞がんにおいて保護的オートファジーの阻害はATP-AMPK-mTORを介して温熱誘発アポトーシスを増強する

近藤 隆(富山大学大学院医学薬学研究部

RFA(Radiofrequency Ablation)*1は比較的小さな肝細胞がんに対して根治が望める治療法である.一方,不十分なRFA領域では,上皮間葉転換やHIF-1α/VEGFA経路を介して残存がん細胞による局所再発や再増殖を誘発するとされている.本論文では,亜致死的温熱処理でATP-AMPK-mTORシグナル経路を介して,オートファジーがアポトーシスを阻害することを示した1).用いた細胞は,2種類のヒト肝細胞がん,SMMC7721(野生型p53)および Huh7(変異型p53)で,BALB/cヌードマウスへの移植系でも調べた.実験に当たってはRFA治療を模した亜致死的温熱処理(43,45,47oC)で30分あるいは1時間の処理をした.これらの処理は温度依存性にオートファジーを誘発した.オートファジーをクロロキン*2や, Beclin 1とAtg5をsiRNAで阻害すると温熱47oC誘発アポトーシスをin vitro でもin vivoでも増強した.また,これらの処理はがん細胞増殖を阻害し,移植腫瘍の増殖を顕著に抑制した.温熱誘発オートファジーのメカニズムとして,細胞内ATPの低下が,AMP/ATP比の増加を引き起こし,これはThr172のリン酸化を介して,AMPKαを活性化する.その結果,オートファジーを抑制するmTORを阻害する.オートファジーは温熱誘発アポトーシスに対して保護的に作用するので,クロロキンによるオートファジー阻害は温熱誘発アポトーシスを増強する.この経路の介在はAMPK*3の活性化因子AICAR*4およびAMPK阻害剤であるCompound Cの添加実験で確認された.

最近,RAF→ MEK→ERKの阻害により引き起こされる保護的オートファジーは,RAS誘導性がんに対する一つの治療戦略であることが報告された2).この論文は,難治がんである膵臓がんに対して細胞レベルおよび担がんマウスモデルで,トラメチニブ*5+クロロキン処理で増殖抑制効果を確認した後,臨床的に化学療法に不応答患者に対しても治療効果を示した画期的内容である.

アポトーシスを中心とする細胞死の様式も現在,12種類に分類されている3).これら細胞死は共通のシグナル伝達系を利用することもあり,独立したものではなく,相互関係があることが知られている.オートファジーも保護的オートファジー(protective autophagy)と定義される様式もあり,最近,このProtective autophagyとがん治療が関係する論文が増加し,PubMed検索では300篇を超え,温熱治療の観点からも注目すべき細胞死の様式である.

参考文献:

 1)Jiang J, et al. Targeting autophagy enhances heat stress-induced apoptosis via the ATP-AMPK-mTOR axis for hepatocellular carcinoma. Int J Hyperthermia 36: 499-510, 2019.

 2)Kinsey CG, et al. Protective autophagy elicited by RAF→MEK→ERK inhibition suggests a treatment strategy for RAS-driven cancers. Nat Med 25: 620-7, 2019.

日本語はhttp://aasj.jp/news/watch/9823を参照

 3)Galluzzi L, et al. Molecular mechanisms of cell death: recommendations of the Nomenclature Committee on Cell Death 2018. Cell Death Differ 25: 486-541, 2018.

用語説明

*1RFA: Radiofrequency Ablation.ラジオ波焼灼療法のこと.RFAは腫瘍細胞に熱を加える治療であるが故に,不完全な焼灼では腫瘍の悪性度が急激に増すこともありRFA治療施行する際には肝がん細胞を残すことなく焼灼する必要がある.

*2クロロキン:Chloroquineは抗マラリア剤のひとつ.クロロキンおよびヒドロキシクロロキンはリソソームの分解能を阻害し,オートファジーを阻害する.

*3AMPK(AMP-activated protein kinase,AMP活性化プロテインキナーゼ):細胞内のエネルギー状態を監視し,その状態に応じて糖・脂質代謝などを調節するセリン・スレオニンキナーゼで「代謝マスタースイッチ」とよばれている.

*4AICAR:5-aminoimidazole-4-carboxamide ribonucleotide(和名,アカデシン).AMPKのアクチベーターであり,急性リンパ性白血病の治療に用いられている.

*5トラメチニブ:Trametinib.MEK阻害効果により,細胞の増殖に寄与するMAPK/ERKシグナル伝達経路を阻害して抗腫瘍効果を発揮する分子標的薬に分類される抗がん剤.商品名メキニスト,BRAF遺伝子変異を有する切除不能な進行または再発の非小細胞肺がん,BRAF遺伝子変異を有する悪性黒色腫が対象.