近赤外線IIを用いた光温熱フェロテラピーのための可変ハイブリッド半電導性ポリマーナノザイム

一社)日本ハイパーサーミア学会ニュースNo.128【学術報告56】

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近赤外線IIを用いた光温熱フェロテラピーのための可変ハイブリッド半電導性ポリマーナノザイム

近藤 隆(富山大学)

光温熱療法(Photothermal therapy, PTT) はナノ粒子等を投与して腫瘍に集積させ,体外より近赤外線レーザを照射し,熱を放出させてがん細胞を死滅させる低侵襲で効率的ながんの治療法として注目されている.その治療技術の高度化が進んでいる.ここで紹介する研究報告例1)では以下,4点の特長を有する.①PTTにより深達性の高い長波長近赤外線(NIR II [1100~1350 nm の波長域])を利用する.②がん細胞死の標的をフェロトーシス(Ferroptosis)とする.③新規がん治療のフェロテラピー(Ferrotherapy)の治療効果改善を目指してPTTと併用する.④光音響イメージング*分子を搭載した治療用ナノザイム(酵素様性質を有するナノ材料)を作製し利用する.

フェロトーシスとは2012年にコロンビア大学のStockwellらのグループが報告した,鉄イオン依存的な制御された細胞死の一種である2).彼らはRas変異がん細胞に特異的に24時間以内に細胞死を誘導する化合物Erastin*やRSL3*見出し,この細胞死が鉄キレ−ターや抗酸化剤であるFerrostatin-1 *で抑制されることからフェロトーシスと名付けた.Erastinはシスチントランスポーターを抑制することで細胞内グルタチオンを減少させ,またRSL3はグルタチオンペルオキシダーゼ4 (GPx4)に直接結合することにより,どちらもGPx4活性を抑制することによって脂質酸化依存的な細胞死を誘導する.アポトーシス,ネクローシスおよびオートファジー等既知の細胞死との共通点も少なく,生化学的過程も異なる.フェロトーシスは細胞内遊離鉄に依存した活性酸素種の発生と脂質過酸化の蓄積に依存する.

フェロセラピーは鉄イオンを利用してH2O2からより細胞毒性の高いハイドロキシラジカル(·OH)の発生を誘導し,がん細胞にフェロトーシスを誘発し,がん治療を目指す手法である3).しかし,腫瘍環境ではフェントン反応の触媒効率が低いため治療効果は低い.そのため,今回紹介する論文1)ではフェロトーシス誘導用のナノザイムを用い,NIR IIを用いて治療効果の向上を検討した.

ナノザイムには強力な電子吸引基としてTDQ*, 吸収スペクトルの微調整分子として BDT*, また CPDT-Br*を添加し,さらにPEG*を付加してpTBCB-PEGを合成,これに第2鉄イオンを加えて,可変ハイブリッド半電導性ポリマーナノザイム (Hybrid semiconducting polymer nanozyme, HSN)を作製した.これと第2鉄イオンを含まないHSN0について,マウスに移植した4T1乳がんの増殖抑制効果および肺および肝臓への転移阻害効果を比較した.1064 nmパルスレーザを用いた光音響イメージングによる解析では投与4時間後 HSNおよびHSN0濃度が最高値を示した.光照射時の腫瘍の表面温度は1分後に45oCに達し,6分後では其々60.8 および 59.5oCであった.HSNを用いたNIR-II 光温熱フェロセラピーでは腫瘍増殖は抑制され,肺および肝臓への転移阻害効果を示したが,HSN0を用いたNIR-II PTTの場合,腫瘍増殖抑制効果は中等度であり,転移抑制効果はなかった.光温熱治療効果に関する腫瘍内の深さの影響について脂質過酸化等を指標に組織学的に調べたところ,HSN使用時には9 mmの深さまで到達したが,HSN0使用時では6 mmまでであった.近年のナノ粒子の開発もあり,PTTの研究は著しい進歩を示してきた(PubMed検索では5000件以上がヒット).今後は臨床応用の研究が進むことが期待される.

参考文献

1) Jiang Y, et al. Transformable hybrid semiconducting polymer nanozyme for second near-infrared photothermal ferrotherapy. Nat Commun, 11:1857, 2020.

2) Dixon SJ, et al. Ferroptosis: an iron-dependent form of nonapoptotic cell death. Cell, 149: 1060-72, 2012.

3) Tarangelo A, Dixon SJ. An iron age for cancer therapy. Nat Nanotechnol, 11: 921–2, 2016.

用語解説

*光音響イメージング(Photoacoustic Imaging: PAI):光音響イメージングとは,光音響効果を利用した画像化の手法.PAIは近赤外光を使い,音で測定することで画像化するため,超音波と蛍光イメージング(FI)の手法を兼ね備えている.FIの深度は5 mm未満であり,皮膚近傍や取り出した部位に測定対象が限られる.一方 PAIでの深度は5 cmである.さらに蛍光分子をコントラスト剤として用いることで,より詳細に目的部位を観察することが可能になっている.

*Erastin:フェロトーシス誘導剤.エラスティンは,HRAS,KRASなどRASを有する腫瘍細胞に選択的に作用する薬剤である.エラスティンは鉄タンパク質を生成し,ミトコンドリアの電位依存性アニオンチャネル(VDAC2/VDAC3)に結合,これらを阻害し,ミトコンドリア内へのカチオン流入を引き起こし,酸化的細胞死を生じさせる酸化的分子を放出させることで,腫瘍細胞に非アポトーシス的な細胞死,フェロトーシスを誘導する.別名2-[1-[4-[2-(4-クロロフェノキシ)アセチル]-1-ピペラジニル]エチル]-3-(2-エトキシフェニル)-4(3H)キナゾリノン,化学式:C30H31ClN4O4, MW 547.04.

*Ferrostatin-1: 3-Amino-4-[cyclohexyl amino]benzoic acid ethyl ester, C15H22N2O2, MW 262.353

*RSL3: Ras-specific lethal compound 3.GPx4のセレノシステイン活性部位に直接結合し酵素活性を阻害する作用を有する.CAS# 1219810-16-8, 化学式:C23H21ClN2O5,MW 440.9.

*TDQ: 4,9-dibromo-6,7-bis(4-hexylphenyl)-[1,2,5]thiadiazolo[3,4-g]quinoxaline

*BDT: (4,8-didodecylbenzo[1,2-b:4,5-b′]dithiophene-2,6-diyl)bis(trimethylstannane)

*CPDT-Br: 2,6-dibromo-4,4-bis(6-bromohexyl)-4Hcyclopenta[2,1-b:3,4-b′]dithiophene

*PEG: polyethylene glycol