酸化多層カーボンナノチューブを併用した近赤外線ハイパーサーミアによる乳がんの実験的治療のインビボ評価
学術紹介:75
酸化多層カーボンナノチューブを併用した近赤外線ハイパーサーミアによる乳がんの実験的治療のインビボ評価
近藤 隆1、齋藤淳一2
1名古屋大学 低温プラズマ科学研究センター
2富山大学学術研究部(医学系)放射線診断・治療学講座放射線腫瘍学部門
ナノ粒子を医学に利用するナノメディシンが注目されている.ナノ粒子をハイパーサーミアに利用した論文は数多くあるが,ここでは,カーボンナノチューブ(CNT)*1と温熱との併用に関する実験的がん治療に関する論文を紹介する.
CNTを用いたがん治療として,人体への影響が少なく透過性が高い近赤外線を利用し,CNTが特定の波長域の近赤外線を吸収して局所的な温度上昇を発生し,がん細胞を死滅させる方法がある1).また,CNTは加温のみならず,温度センサーや薬剤キャリアなどへの利用可能性もあり,がん治療への応用が期待されている2, 3).
Radzi MRMら多層壁構造を有するカーボンナノチューブ(MWCNT)を用い近赤外線がん温熱療法を行った4)。MWCNTを生体に使用するにあたって,分散性や生体適合性に課題があるので,H2SO4/HNO3 (98%/68%)を体積比3:1で処理し,酸化型MWCNT(ox-MWCNT)を作成した.コロイド分散試験,フーリエ変換赤外線分光法*2,X線回折法,熱重量分析*3,電界放射型走査電子顕微鏡*4,エネルギー分散型X線分析法*5によりその特性を調べた.
その結果MWCNTでは超音波分散しても30分で凝集するのに対して,酸化型では20日でも安定的に分散状態を保った.元素組成も変化し,炭素が減少し,酸素の割合が増えた.電子顕微鏡観察では表面が粗面化し,より短い管状構造となる微細構造の変化を認めた.
BALB/cマウス(メス)にEMT6マウス乳がん細胞を右大腿部の皮下に投与し,1週間後30 mm3の大きさになった時点でox-MWCNTを投与した.温熱処理は750 nmの近赤外線照射装置(出力密度1.5 W/cm2)により,43oC,30分の加温処理を行った.3日間にわたり3回の温熱処理を実施し,腫瘍サイズが150 mm3に達した時点で,安楽死させた.
腫瘍増殖について経時的に腫瘍サイズを測定したところ,近赤外線による温熱処理単独でも半数で腫瘍が消失したが,ox-MWCNT+温熱併用群では全例で腫瘍が消失した.その結果,50日後の生存率は温熱処理で50%であったが,併用群では100%となった.
組織学的検討では,特に併用群で顕著な壊死像と増殖細胞数の低下が認められた.HSP70発現は温熱処理および併用群で顕著に増加した.腫瘍のPCNA*6陽性細胞の割合は温熱処理単独でも低下傾向を示したが,併用群で有意に低下した.フローサイトメトリーでリンパ節の樹状細胞の数と成熟度を調べたところ,その数に違いはなったが,MHCIおよびCD80を指標にした成熟度は併用群でのみ増加した.MHCⅡは増加傾向を示したが有意差はなかった.腫瘍中のCD3+CD8+細胞傷害性T細胞およびCD3+CD4+ヘルパーT細胞は温熱および併用群で増加し,CD4+CD25+FoxP3+を指標にした制御性T細胞の割合は併用群でのみ有意に低下した.また,腫瘍に浸潤したCD8+ T細胞およびCD4+T細胞とともに,NK細胞の割合は温熱処理および併用群で増加し,マクロファージは併用群で増加した4).併用による治療効果の増強はox-MWCNTが,アジュバント作用を示すため,温熱療法による免疫応答を増強するためと思われる.
本研究は多層CNTを酸化型とすることで生体適合性,分散性,安定性を向上させて,温熱との併用により乳がんに対する実験治療で顕著な抗腫瘍効果と腫瘍免疫の応答を示した初めての報告であり,今後,多様なCNTを用いた治療応用が期待される.
参考文献
- Kam N.W., O’Connell M., Wisdom J.A., Dai H.: Carbon nanotubes as multifunctional biological transporters and near-infrared agents for selective cancer cell destruction. Proc Natl Acad Sci U S A, 102: 11600-11605, 2005.
- Klingeler R., Hampel S., Büchner B.: Carbon nanotube based biomedical agents for heating, temperature sensoring and drug delivery. Int J Hyperthermia, 24: 496-505, 2008.
- Singh R., Torti S.V.: Carbon nanotubes in hyperthermia therapy. Adv Drug Deliv Rev, 65: 2045-2060, 2013.
- Radzi M.R.M., Johari N.A., Zawawi W.F.A.W.M., Zawawi N.A., Latiff NA, Malek N.A.N.N., Wahab A.A., Salim M.I., Jemon K.: In vivo evaluation of oxidized multiwalled-carbon nanotubes-mediated hyperthermia treatment for breast cancer. Mater Sci Eng C Mater Biol Appl, 134: 112586, 2022.(PDFではMaterials Advances*7)
用語解説
*1カーボンナノチューブ:カーボンナノチューブ(CNT)は1991年に飯島澄男博士によって発見された炭素のみで構成されるナノメートルサイズ直径を有するチューブ状物質である.CNTは炭素原子が六角形に配置されたベンゼン環を平面上にすべて隣り合うように並べたシートを円筒状に丸めた構造をしており,この筒が1層のものが単層CNT,直径の異なる二本の筒が重なったものが二層CNT,さらに直径の異なる複数の筒が層状に重なったものが多層CNTである.
*2フーリエ変換赤外分光法:Fourier Transform Infrared Spectroscopy (略称FT-IR)と称する.FT-IRは,測定対象の物質に赤外線を照射し,赤外線吸収スペクトルを利用して化合物を定性・定量する赤外分光法の一種である.分子の振動の挙動は原子の大きさや種類で異なるため,赤外吸収スペクトルも化合物毎に固有となり,FT-IR分光法で赤外吸収を調べることで分子,イオン,結晶の構造,分配,反応の研究,分子の励起状態,反応中間体の研究,定性分析,物質の同定,定量分析が可能となる.
*3熱重量分析:Thermogravimetric analysisまたはthermal gravimetric analysis(略称: TGA)と称する.TGAは,材料の物理的および化学的性質の変化を熱的に分析する方法である.その変化は,一定の加熱速度における温度の関数として,または,一定の温度と一定重量減少の両方またはいずれか一方における時間の関数として測定される.TGAにより,気化,昇華,吸着,脱着を含む二次相転移のような物理現象に関する情報をおよび化学吸着,脱水,分解,酸化,還元等の化学現象に関する情報も得ることができる.
*4電界放射型走査電子顕微鏡:Field Emission Scanning Electron Microscopy(FE-SEM)と称する.汎用型の走査電子顕微鏡とFE-SEM の違いは電子線源にあり,汎用型SEMには通常,タングステン(W)フィラメントの電子線源が用いられているのに対して,FE-SEMには電界放出型電子銃が用いられており,Wフィラメントと比べて電子線の径が小さくなり,低加速電圧で高い分解能が可能となる.
*5エネルギー分散型X線分析:Energy dispersive X-ray spectroscopy(EDXまたはEDS)と称する.EDXは,広義の意味として,電子線やX線などの一次線を物体に照射した際に発生する特性X線(蛍光X線)を半導体検出器に導入し,発生した電子-正孔対のエネルギーと個数から,物体を構成する元素と濃度を調べる元素分析手法である.
*6PCNA:増殖細胞核抗原(proliferating cell nuclear antigen)のこと.PCNAは様々なDNA複製関連タンパク質と関連し,DNA複製,増殖と修復,クロマチンリモデリング,細胞周期制御等に関連している.細胞増殖のマーカーとしても使用されている.
*7Materials Advances:Elsevier社から出版されている材料科学と工学をカバーする学術誌.以前のMater Sci Eng C Mater Biol Applから最近,この雑誌名に変更された.2020年のIFは7.328.
利益相反に関する開示:
著者に利益相反状態はみとめられなかった.
Mini-review:
In Vivo Evaluation of Oxidized Multiwalled-carbon Nanotubes-mediated Hyperthermia Treatment for Breast Cancer
TAKASHI KONDO1,*, JUN-ICHI SAITOH2
1Center for Low-temperature Plasma Sciences, Nagoya University, Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya 464-8603, Japan.
2Division of Radiation Oncology, Department of Radiology, Faculty of Medicine, University of Toyama, Sugitani 2630, Toyama 930-0194, Japan.
*Corresponding author: tasakondo@khc.biglobe.ne.jp
Key Words: multiwalled-carbon nanotubes, near-infrared, hyperthermia, breast cancer
Received: 7 June, 2022
Accepted: 30 June, 2022
Thermal Medicine Vol.38(3) 掲載予定