ヒストトリプシーによるがん治療
一社)日本ハイパーサーミア学会ニュースNo.145【学術報告65】
最近の話題65(2021/06/16配信)
ヒストトリプシーによるがん治療
近藤 隆(富山大学)
超音波*の作用には熱的作用と非熱作用があり,後者はキャビテーション作用と非キャビテーション作用に分類される.超音波の熱的作用をがん治療に利用した方法が超音波ハイパーサーミアであり,集束性を高めて組織をさらに加熱し,凝固壊死させる方法がハイフ(HIFU: High Intensity Focused Ultrasound,FUS: Focused Ultrasoundとも称する)である.ハイフは本邦で本態性振戦*の治療に用いられ保険適用の対象となっており,前立腺がん,前立腺肥大症,子宮筋腫などの治療に用いられている.また,この技術は美容外科でも多用されている.強力超音波の照射下ではキャビテーションの発生が見られることもあるが,基本的にハイフは熱作用を利用している.
一方,ここで紹介するヒストトリプシー(Histotripsy)*はキャビテーションを積極的に利用する治療で,デューティ比*は低いが音圧が高い集束超音波が用いられる.この条件では焦点領域内に制御されたキャビテーションクラウド(雲)が形成され,キャビテーションの発生と崩壊は焦点領域内の組織や細胞を均質に破壊する.破壊された組織部分は残渣を残し,1~2か月中に生体に吸収される.同じ超音波を利用する手技であるが,照射条件の違いによりハイフでは熱的作用が,ヒストトリプシーでは機械的作用が利用されている.超音波画像上では生成した気泡雲は明るく表示されるため,治療部位の正確なターゲッティングが可能であり,治療組織は超音波画像上でより暗く(低エコー)表示されて術者が確認できる利点がある.最近の総説1)では,ヒトを対象にした前立腺肥大症,肝臓がん,石灰化弁狭窄の治療に利用されている.また,動物実験では免疫応答の刺激効果を有し,アブスコパル効果*を誘導することから,がん治療に有用とされている.
ヒストトリプシーはミシガン大学で開発された技術で, 最初の報告ではウサギの腎臓に対して超音波強度20 kW/cm2, パルス幅20マイクロ秒,繰り返し周波数 100 Hzの条件が使用された2).最近,ヒストトリプシーに関する基礎・前臨床および臨床研究が進んでおり,HistoSonics Incでは治療機器も開発されている.ここで紹介する論文3)では,ヒト頸部体表面での治療応用可能性を検討する目的で,将来のヒト甲状腺治療を模して,ブタの胸腺を治療対象として使用した.メスのブタ4頭を対象として,HistoSonicsの研究用治療機器(焦点距離6 cm,1 MHz振動子,開口部4.6 x 7.1 cm)により,ピーク負圧 >18 MPaで治療した.
一頭当たり2部位,計8箇所 ,球形で1.0 × 1.0 × 1.0 cm および 卵形 1.0 × 1.0 × 2.0 cmを治療計画形状とした.治療直後にMRI検査を行い,その後,組織検査した.治療部位の平均の深さは1.9 cmであった. MRIで測定した実治療体積は,球形で0.6 cm3 および 卵形 1.23 cm3であった.MRI画像上では治療部位は十分に画定された.組織学的検討では正常組織と治療部位の移行帯は平均0.33 cmで出血を伴う部分的細胞破砕を認めた.治療部位では平均76%細胞破壊を認めた.周囲筋層に細胞の膨潤化と組織内浮腫を2例認めた.それ以外の組織学的影響はなく,安全に施行できることが判明した.
最近,ヒストトリプシー治療の特徴として,アブスコパル効果と腫瘍免疫応答の関与を示す報告がある.膵臓がんマウスモデル用いた報告4)ではヒストトリプシーは他の非熱的アブレーション(不可逆的電気穿孔法や冷凍手術)と同等のまた熱凝固よりも優れた免疫応答を示した.マウス膵臓腺癌細胞株Pan02腫瘍移植系では治療24時間後の自然免疫の活性化および14日後の腫瘍関連免疫細胞低下とともに,無増悪生存期間および全生存率の向上を認めた.また,マウスメラノーマを用いた治療モデル5)では,免疫刺激効果は放射線や熱凝固治療より高い結果が示されており,メラノーマに加えて肝細胞がんでも免疫チェックポイント阻害剤による治療効果を増強することが示されている.
以上のように,ヒストトリプシーは工学的には治療機器開発が進んでおり,生物学的には免疫応答の活性化とがん治療への応用面からも,注目すべき新様式である.
謝辞 本文作成にあたり北海道大学の工藤信樹先生からは貴重なご助言を賜り,感謝申し上げます.
参考文献
1) Xu Z, et al. Histotripsy: The first noninvasive, non-ionizing, non-thermal ablation technique based on ultrasound. Int J Hyperthermia, 38: 561-75, 2021.
2) Roberts WW, et al. Pulsed cavitational ultrasound: a noninvasive technology for controlled tissue ablation (histotripsy) in the rabbit kidney. J Urol, 175: 734-8, 2006.
3) Swietlik JF, et al. Noninvasive thyroid histotripsy treatment: proof of concept study in a porcine model. Int J Hyperthermia, 38: 798-804, 2021.
4) Hendricks-Wenger A, et al. Histotripsy ablation alters the tumor microenvironment and promotes immune system activation in a subcutaneous model of pancreatic cancer. IEEE Trans Ultrason Ferroelectr Freq Control, 10:1109/TUFFC.2021.3078094. 2021.
5) Qu S, et al. Non-thermal histotripsy tumor ablation promotes abscopal immune responses that enhance cancer immunotherapy. J Immunother Cancer, 8:e000200, 2020.
用語解説
*超音波:ヒトの耳で聞くことを目的としない20 kHz以上の音響波(粗密波)であるが,医用にはMHz帯域が利用される.診断用に多く用いられているが,治療には熱作用を用いる超音波ハイパーサーミアおよびハイフ(集束超音波治療)がある.前者はハイパーサーミア(42~44℃)領域の温度を目的とし,後者は組織に熱凝固を誘導する高温度(60℃以上)を目的とする.また,超音波メス,白内障手術装置(乳化吸引装置)や結石破砕装置としても広く利用されている.
*本態性振戦:Essential tremor.本態性振戦は原因不明(本態性)で,不随意のふるえ(振戦)のみが起こる疾患.動作時に手・上肢・頭部などが震えるもので,進行性の神経疾患と位置づけられる. 年齢とともに有病率が上がる.本態性振戦の病態は十分には明らかになっておらず,また,根本的治療法はない.重症例ではMRI誘導 経頭蓋集束超音波治療により頭部外から脳に超音波をあてて, 視床の一部分を破壊することでふるえを止めることができる.
*ヒストトリプシー:histotripsyは組織破砕と訳されるが,histoとtripsyを合わせた造語.ヒストトリプシーとは,例えば腫瘍に高い負圧をもつ集束超音波を照射してキャビテーションを発生させ,その作用によって組織を機械的に破壊,死滅させるというもので,破壊された細胞は老廃物として体外に排出される.熱作用は利用しない.まさに,非侵襲的非観血的手術を可能とする“機械的メス”とも言える.興味あることにウシの肝臓組織にヒストトリプシーを行うと組織に,基質や脈管等,細胞外マトリックスと呼ばれる構造は残存するため,細胞外マトリックスを利用する手法としても注目されている.
*デューティ比:デューティサイクルとも称される.パルス超音波を繰り返し照射する場合には,超音波のON期間とOFF期間を含む1周期に対するON期間の割合をいう.
*アブスコパル効果:「Ab=遠く」+「Scopal=狙いを定める」という意味で,局所療法であるはずの放射線治療の効果が,遠くの病巣にも効果を及ぼす現象.遠達効果と称する.腫瘍免疫応答が関係した現象で,最近,がん治療上も注目を集めている.