超音波散乱波の統計的分析に基づくin vivo生体内温度上昇検出

一社)日本ハイパーサーミア学会ニュースNo.115【学術報告50】

最近の話題50(2020/07/20配信)

超音波散乱波の統計的分析に基づくin vivo生体内温度上昇検出

井関 祐也(八戸工業高等専門学校 産業システム工学科 機械システムデザインコース)

 ハイパーサーミア治療下においては組織の温度モニタリングを行うことは安全に,確実に,そして効果的に治療を実施する上で最も重要な要因である.MRIによって生体内温度分布を検出できることはよく知られているにも関わらず,MRIを生体内温度分布計測に採用したハイパーサーミア加温装置はBSD-2000 3D/MRのみである1).しかしながら,高価であるため臨床では普及していない.このような背景から,多くの研究者が超音波による方法を提案しており,超音波速度の温度依存に着目した技術が主要なトレンドとなっている2).これらの研究では,in vitroex vivoの実験下において生体内温度分布計測の成功を収めているが,in vivo条件下では体の動きや拍動の影響によって温度上昇を正確に計測することはではない.一方,超音波散乱波の統計的分析によって得られるNakagamiパラメーター*の温度依存性から,ハイパーサーミア治療時に非侵襲生体内温度分布をモニタリングする手法が報告されている3,4).これらの研究では3,4),超音波散乱波の統計解析から得られた統計因子の温度変化強度αを2次元のhot-scale画像として描画することで生体組織内温度変化を表すことが可能である.また,温度変化によるNakagamiパラメーターの変化量は,Nakagamiパラメーターの初期値に依存することが明らかとなり,初期値依存性を考慮することにより,新しいパラメーターαmod.が提案された4)

今回紹介する報告では5),体重約300 gの2匹のメスSD系ラットを使用してin vivo実験が行われた.1匹は腹腔内からの超音波散乱波を測定する実験(無処置ラット? or コントロール or 対照群)に,もう1匹は悪性腫瘍組織を用いた実験(腫瘍組織実験)に用いた.腫瘍組織実験では,ラットの右大腿骨領域の周囲に成長した9 L(神経膠腫)細胞株由来の異所性腫瘍組織を準備した.ラットは,両実験の加温中にイソフルランを使用して,吸入麻酔システムによって麻酔された.コントロール実験では,ラットの体の両側を2つの円状電極で挟み,13.56 MHzで容量結合RF電流のエネルギーによって腹腔が30.0~41.0oCになるまで加温した.腫瘍組織実験では,腫瘍組織を含むラットの右後肢を電極間に挟み,腫瘍組織を35.5~42.5oCに加温した.in vivo実験後,MATLABとPythonによって作製したカスタムソフトウェアを使用して,超音波散乱波の統計分析を行うことにより,生体組織内部の温度上昇のhot-scale画像を処理した.これらの結果から熱損傷のない,局所的に加温された軟部組織内部の温度勾配が二次元αmod.によって視覚化され,従来のαを利用したものよりも温度分布が鮮明に描画された.すなわち,本研究では,生きたラット腹腔内および腫瘍組織の温度上昇をαmod.を2次元hot-scale画像として描画することで生体組織内温度変化を現した.本研究結果から,提案された超音波散乱波の統計的分析に基づく手法はハイパーサーミア治療下におけるヒト生体内温度モニタリングに有望な手法であることが示された.

 今回紹介した研究では超音波による温度分布計測の欠点であった体動,拍動による影響を抑えつつ生体内温度分布を可視化できる画期的な手法が提案された.今後,今回の研究のさらなる発展によって,超音波による温度計測はMRIによる方法に代わり主要な温度計測手法として発展していくことが期待できる.

参考文献

1) Mulder HT, et al. Systematic quality assurance of the BSD2000-3D MR compatible hyperthermia applicator performance using MR temperature imaging. Int J Hyperthermia, 35: 305–13, 2018.

2)Varghese T, et al. Ultrasound monitoring of temperature change during radiofrequency ablation: preliminary in-vivo results. Ultrasound Med Biol, 28: 321–9, 2002.

3)Takeuchi M, et al. Measurement of internal temperature in biological tissue specimen with deformation by statistical analysis of ultrasonic scattered echoes. Jpn J Appl Phy, 57: 07LB17, 2018.

4)Takeuchi M, et al. Investigation of initial value dependence in the statistical analysis of ultrasonic scattered echoes for the noninvasive estimation of temperature distribution in biological tissue. Jpn J Appl Phy, 58: SGGE09, 2019.

5) Takeuchi M, et al. Temperature elevation in tissue detected in vivo based on statistical analysis of ultrasonic scattered echoes. Sci Rep, 10: 9030, 2020.

用語解説

*Nakagamiパラメーター:確率分布の一種であるNakagami分布は式(1)によって求められる.

 ・・・(1)

ここで,rは超音波散乱波の包絡線の振幅,Γ(m),U(r)はそれぞれガンマ関数,単位ステップ関数である.Ωはスケールパラメータである.mは形状パラメーター(別名:Nakagamiパラメーター)である.Nakagamiパラメーターm=1のとき,Nakagami分布は式(2)に示すレイリー分布に等しくなる.

 ・・・(2)

ここで,σはスケールパラメータである.