In vivoでのハイパーサーミアと放射線併用に対する腫瘍応答におけるHIF-1αの役割

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In vivoでのハイパーサーミアと放射線併用に対する腫瘍応答におけるHIF-1αの役割

近藤 隆(富山大学大学院医学薬学研究部

今年のノーベル賞の対象は細胞の低酸素応答の仕組みの発見であり,“酸素濃度センサーHIF-1”の発見とそのメカニズム解析がその内容である.HIF-1は,肝がん細胞株 Hep3Bにおいて「低酸素により誘導されるエリスロポエチン誘導因子」として1992年に米ジョンズ・ ホプキンズ大学のセメンザ(Gregg L. Semenza)教授によって発見された分子である1).奇しくも,本年,ハイパーサーミア癌治療の先達による「ハイパーサーミア:放射線抵抗性低酸素を克服するための最適療法」の総説が報告された2).低酸素は細胞の放射線抵抗性因子で,その克服に関する非常に多くの研究報告がある.一方,この総説にもあるように低酸素は,ハイパーサーミアにとっては細胞の温熱感受性を上げる微小環境因子である.そのためか,ハイパーサーミアによるHIF-1α誘導に関する報告は散見されるものの臨床的立場に即した報告は少ない.

放射線応答において,HIF-1αは腫瘍の血管新生や再発に重要な働きを担っているので,この分子の役割を探り,制御法を見つけることはがん治療成績の向上に貢献する.今回紹介する報告3)では,①高線量放射線は血管損傷を引き起こし,血流を低下させ,腫瘍の低酸素状況を亢進する,②これによる低酸素はHIF-1αやその標的遺伝子であるVEGFを活性化し,血管新生や再発を促進する,③これに対して,マイルドハイパーサーミアは腫瘍の酸素化を誘導し,放射線誘発HIF-1αおよび標的遺伝子の発現誘導を阻害する,との仮説を立て,これを検証した.

腫瘍モデルとして,C3Hマウスの皮下に植えたFSaII繊維肉腫を用い,60Coのγ線および”オンコサーミア“による41oC(腫瘍中心部)30分処理を,単独および併用で行なった.腫瘍内の血液還流はHoechst33342,低酸素はピモニダゾールによる免疫蛍光画像の観察と定量化で評価した.HIF-1α,CA9およびVGEFについては免疫組織学的に調べ,アポトーシスはTUNNEL染色で,腫瘍増殖は腫瘍径測定で評価した.

放射線を15 Gy照射すると,腫瘍の血流低下,低酸素状態の亢進,HIF-1α,CA-9やVGEF発現を誘導した.一方,41oC,30分処理を併用すると,血流の増加,腫瘍の酸素化,放射線誘発HIF-1α,CA-9およびVGEF発現の抑制を引き起こした.さらに,腫瘍細胞のアポトーシスを増強し,腫瘍増殖の遅延を招いた.腫瘍増殖遅延効果は放射線照射前に温熱処理を行った場合の方が高かった.これらの結果は41oC,30分処理が放射線による抗腫瘍効果の増強を示すものであるが,メカニズムとして放射線によるHIF-1α発現誘導の阻害効果が関わることを示した.今後,温熱によるHIF-1α発現調節に関する研究がさらに進むことが期待される.

参考文献

1)  Semenza GL, Wang GL: A nuclear factor induced by hypoxia via de novo protein synthesis binds to the human erythropoietin gene enhancer at a site required for transcriptional activation. Mol Cell Biol, 12: 5447-5454, 1992.

2)  Elming PB et al. Hyperthermia: The optimal treatment to overcome radiation resistant hypoxia. Cancers (Basel), 11(1) pii: E60. 2019. doi: 10.3390/cancers11010060. Review.

3)  Kim W, et al. Role of HIF-1α in response of tumors to a combination of hyperthermia and radiation in vivo. Int J Hyperthermia, 34: 276-283, 2018.

用語解説

HIF:HIF(Hypoxia-inducible factor; 低酸素誘導因子)は,細胞内が低酸素状態に陥った際に活性化される転写因子であり,HIF-1は HIF-1α と HIF-1β のヘテロ二量体である.この転写因子は低酸素状態へ順応するため,VEGF,EPO(エリスロポエチン),グルコース・トランスポーター,各種糖分解酵素などタンパク質の転写を促進する.HIFは細胞内の酸素濃度が正常時は量と活性が低下しているが,低酸素状態で発現および活性が上昇する.ヒートショック・タンパク質との関連ではHIF-1α は細胞質内において,Hsp90 と結合することで安定性が増す.アイソフォームとしてHIF-2α, HIF-3α,等がある.

ハイポキシアとHIFに関する解説

https://www.novusbio.com/support/hypoxia-and-hif-faqs

VGEF:VEGF(Vascular endothelial growth factor; 血管内皮細胞増殖因子)は下垂体foliculo-stellate(星状濾胞)細胞の培養液より単離された血管内皮細胞に特異的に作用する増殖因子である.胎生期における de novo な血管形成(Vasculogenesis; 脈管形成)や,既存の血管からの分岐伸長による新たな血管の形成(Angiogenesis; 血管新生)において,重要な役割を担っている.VEGF-A,VEGF-B,VEGF-C,VEGF-D,VEGF-E,PlGF(胎盤増殖因子 placental growth factor)-1,PlGF-2の7つがあり,「VEGFファミリー」を構成する.

CA-9: Carbonic anhydrase 9:炭酸脱水酵素9のこと.細胞増殖および形質転換の制御に関与し,また,子宮頸部腫瘍特異的な新規バイオマーカーの可能性が示唆されている.