Na+チャネルタンパク質がGRP78分解を介して胃がん細胞の増殖や転移を抑制する

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Na+チャネルタンパク質がGRP78分解を介して胃がん細胞の増殖や転移を抑制する

大塚健三(中部大学応用生物学部細胞ストレス生物学教室)

分子シャペロン(多くの熱ショックタンパク質)やその転写因子であるHSF1が,がんの発生や進展に寄与していることはよく知られている.そのうちの一つ,GRP78(小胞体に存在するHSP70のメンバー)はもともと小胞体内でタンパク質の折りたたみや品質管理を担う分子シャペロンとしてよく研究されてきた.最近,GRP78は小胞体だけでなく細胞質や細胞膜さらには細胞外にも局在することがわかり,それらのGRP78が,がん細胞の生存や増殖を促進するとともに血管新生にも関与していることが示されている1).がんは,基本的にがん遺伝子やがん抑制遺伝子の変異の積み重ねによって発生することは広く受け入れられている.近年,さまざまながんにおいて,RBBRCA1CDH1E-cadherinなどのがん抑制遺伝子のプロモーター領域に存在するCpGアイランド(シトシンとグアニンの配列が多く存在する領域)のシトシンが高度にメチル化されており,このようなエピジェネティック変化に伴うがん抑制遺伝子の発現低下によって,がんの発生に寄与することも多く報告されている2)

ここで紹介する論文は,胃がん細胞におけるNa+チャネルタンパク質(SCNN1B)とGRP78に関する報告である3).なぜ,Na+チャネルタンパク質とがんが関係しているのだろうか?胃がん細胞において,上皮細胞に発現するNa+チャネルタンパク質(SCNN1B)をコードする遺伝子のプロモーター領域が高度にメチル化されており,SCNN1Bタンパク質の発現が低下していることが示された3).つまり,SCNN1Bの発現が低下することで胃がんの発生につながるので,SCNN1Bはがん抑制因子として働いているのだという.そして,驚くべきことに,正常な細胞ではイオンチャネルとしての機能とは全く関係なく,SCNN1Bが分子シャペロンの一つであるGRP78と相互作用することでGRP78の分解を促進し,細胞の増殖を抑制していることが判明した.つまり,胃がん細胞ではSCNN1B遺伝子がメチル化されて発現が低下し,そのことによってGRP78が発現増加することで細胞の増殖が促進しているというのである.

 もう少し詳しく見てみると,いくつかの胃がんの培養細胞株で遺伝子のメチル化を調べたところ,SCNN1B遺伝子がメチル化されており,SCNN1Bが発現低下していることがわかった.また,胃がん患者のがん組織とその周辺の正常組織を比較すると,がん組織でやはりSCNN1B遺伝子がメチル化されており,SCNN1Bも発現低下していた.胃がん患者の生存率をみると,SCNN1Bタンパク質高発現グループは低発現グループと比較して長期生存する割合が高かった.これらの結果から,SCNN1Bはがん抑制因子として機能していることが示唆される.これを確かめるために,胃がん細胞(SCNN1B低発現)にSCNN1Bを高発現させると,細胞増殖が抑制されるとともにアポトーシス細胞死が増加した.また,細胞遊走能や浸潤能(転移能)も低下した.次に,胃がん細(SCNN1B低発現)をマウスに移植すると次第に増殖してくるが,SCNN1Bを高発現させた胃がん細胞はその増殖が抑制された.これらの結果からもSCNN1Bが,やはりがん抑制因子として働いていることが示唆される.

 それでは,SCNN1Bはどのようにしてがん抑制因子として機能しているのだろうか?免疫沈降実験で調べたところ,SCNN1Bが分子シャペロンの一つであるGRP78(小胞体に存在するHSP70のメンバー)と相互作用することがわかり,SCNN1BがGRP78と相互作用することでGRP78をユビキチン化してその分解を促進していることが示された.さらに,決定的実験として,もともとSCNN1Bをほとんど発現していない細胞(したがってGRP78は発現している)にSCNN1Bを高発現させるとGRP78発現が低下し,その結果細胞増殖が低下し遊走能も低下することを示した.

 今回の論文の新規な点は繰り返しになるが,①がんとは一見関係なさそうなNa+イオンチャネルタンパク質のSCNN1Bが,がん抑制因子として働いていること,②SCNN1Bが分子シャペロンのGRP78と相互作用することでその分解を促進して細胞の増殖を抑制しているということである.ただし,小胞体内のGRP78は重要な分子シャペロンなので分解されずに品質管理などに機能していると思われる.

参考文献