これからの光温熱治療開発の方向性

一社)日本ハイパーサーミア学会ニュースNo.150【学術報告68】

最近の話題68(2021/07/09配信)

これからの光温熱治療開発の方向性 

Direction for development of photothermal therapy

野村信介,辻本広紀,守本祐司*(防衛医科大学校,外科学講座,*同,生理学講座)

 光温熱治療(Photothermal Therapy: 以下PTT)とは,最大吸収波長が700 nmから1,500 nmの近赤外領域にある光(レーザー)を表在性の腫瘍などを対象に照射し,光エネルギーを分子振動エネルギーに変換させて,腫瘍細胞そのものや近赤外光吸収剤の温度を上昇させることで抗腫瘍効果を得るハイパーサーミアの一種である.近年の薬剤送達技術によりPTTにおいても近赤外光吸収剤を腫瘍のみに集積させることが可能となった.そのためPTTは,近赤外光による局所照射かつ近赤外光吸収剤の腫瘍への集積により,温度上昇を腫瘍のみに絞り込むダブルターゲッティング効果で,正常組織への熱損傷を局限することができる低侵襲治療として期待されている.

 近年,Parkらは,ICG(インドシアニングリーン)を搭載したPEG(ポリエチレングリコール)化銀ナノ粒子(PEG-BSA(ウシ血清アルブミン)-AgNPs/ICG)*を開発し,担癌マウスモデルを用いて,PEG-BSA-AgNPs/ICGの高い腫瘍集積性,光-熱変換効率およびPEG-BSA-AgNPs/ICGを用いたPTTの高い治療効果について報告した1).経静脈投与4時間後には,ICG蛍光による腫瘍への高度な蛍光集積を確認し,その後,赤外線カメラでモニターしながら0.95 W,20分間の近赤外光照射を行った.腫瘍の表面温度は49℃にまで達し,照射翌日以降,腫瘍の消失を確認し,優れた治療効果を示した.

 筆者の研究室においても,腫瘍集積性のあるナノキャリアに近赤外光吸収剤としてのICGを搭載したICGラクトソームというナノ粒子を用い,経静脈投与して,近赤外光照射を行った2).すると,温度上昇が43℃未満の担癌マウスモデルの腫瘍サイズは不変ないしは増大傾向であったものの,43℃以上に温度上昇した腫瘍では確実な腫瘍消失が認められた.この様に,これまでのPTTの研究においては,従来のハイパーサーミアのように事前に加温装置の温度を設定して加温維持するのではなく,一定の照射強度で近赤外光照射していた.そのため,照射中の腫瘍温度は未測定,または温度計測は記録として実施するにとどまっていた3, 4).

 そこで筆者らは,腫瘍温度を目標温度に維持しながら照射し続けられるようにレーザー本体と赤外線カメラなどの非接触型の温度測定装置とを接続し,照射強度を自動調節できる温度制御型光温熱治療(temperature-controlled PTT: 以下tecPTT)システムを開発した5).担癌マウスモデルを用いて,40℃から43℃まで1℃ずつ設定温度を変えて照射しても,43℃で確実に腫瘍消失を誘導させることができた2).今後のPTT研究では,tecPTTの出現により目標温度到達及び維持が可能となったことから腫瘍集積性,腫瘍選択性の高い近赤外光吸収剤の開発が望まれる.tecPTTはPTTを臨床応用へと発展させる足がかりになると考えられる.

 繰り返しになるがPTTの治療対象は,光(レーザー)治療の特性上,表在性の腫瘍が良い適応と考えられる.tecPTTのように確実な治療効果が担保されれば,例えば,光治療の代表である光線力学療法の適応症例である放射線あるいは化学放射線療法後の局所遺残再発食道癌症例やガイドワイヤーが通過しない管腔内占拠性の消化器癌や肺癌症例が治療対象の候補として挙がるだろう.加えて,大腸癌や卵巣癌の播種性病変のような減量切除の意義が期待されている病変においても,ある程度の限局的な表在性病変であれば,このtecPTTによる腫瘍量減量がよい適応になるのではないかと期待している.

参考文献

1) Park T, et al. ICG-loaded PEGylated BSA-silver nanoparticles for effective photothermal cancer therapy. Int J Nanomedicine 15: 5459-71, 2020.

2) Nomura S, et al. Highly reliable, targeted photothermal cancer therapy combined with thermal dosimetry using a near-infrared absorbent. Sci Rep. 10: 1-7, 2020.

3) Tsujimoto H, et al. Photodynamic therapy using nanoparticle loaded with indocyanine green for experimental peritoneal dissemination of gastric cancer. Cancer Sci. 105: 1626-30, 2014.

4) Tsujimoto H, et al. Theranostic photosensitive nanoparticles for lymph node metastasis of gastric cancer. Annals Surgical Oncol. 22: 923-8, 2015.

5) Nomura S, et al. Thermal sensor circuit using thermography for temperature-controlled laser hyperthermia. J Sensors 2017: 1-7, 2017.

用語解説

*PEG化銀ナノ粒子(PEG-BSA-AgNPs/ICG):100 nm径に設計されたPEG化銀ナノ粒子に光吸収剤かつ蛍光物質であるICGが搭載された化合物.PEG化による凝集性の低下,溶解度の向上だけでなく,PEG鎖による立体障害で,粒子表面へのオプソニン化を抑制し,細網内皮系にあるマクロファージ(貪食細胞)からの捕捉を免れ,ナノ粒子の血中滞留性向上をもたらすため,PEG-BSA-AgNPs/ICGの腫瘍集積性が増す.さらに,ICG搭載によりPEG-BSA-AgNPs/ICGの腫瘍への集積が蛍光観察され,同部位に対する近赤外光照射によりICGは加熱され,腫瘍温度が上昇するため効率的に光温熱効果が発揮される.