免疫チェックポイント阻害剤併用によるハイパーサーミアがん治療のアブスコパル効果の増強

一社)日本ハイパーサーミア学会ニュースNo.151【学術報告69】

最近の話題69(2021/07/13配信)

免疫チェックポイント阻害剤併用によるハイパーサーミアがん治療のアブスコパル効果の増強

Enhancement of abscopal effects on hyperthermic cancer therapy using an immune checkpoint blockade

近藤 隆, 齋藤淳一(富山大学),

 がんの免疫治療が注目されている。2012年の総説ではハイパーサーミアによる免疫系の調節について新旧の知見が述べられて,がん治療とアブスコパル効果*についても触れられている1). 果たして,ハイパーサーミア治療において免疫チェックポイント阻害剤やアブスコパル効果の寄与はどうであろうか?

 ここでは実験用ラジオ波[RF]8 MHz誘電加温装置による局所ハイパーサーミアに加えて初めて免疫チェックポイント阻害剤であるCTLA-4*抗体(C4)を併用し,遠隔腫瘍に関する実験的抗腫瘍効果を評価した研究内容について紹介する2).マウス乳がん細胞株4T1をBALB/cAJclマウスの両脚に移植した後,一方の腫瘍のみに対して,C4投与治療,RF加温(42.5℃,20分間)治療,および両者併用治療が実施された.治療腫瘍(HT腫瘍)および遠隔非治療腫瘍(UnHT腫瘍)の腫瘍増殖率および全生存率が評価された.また,再移植生着率および転移についても調べられた.

 HT腫瘍およびUnHT腫瘍ともに,C4投与単独により腫瘍体積はわずかに低下したが,併用群では顕著な腫瘍体積抑制効果が認められた.さらに,併用群で28日目の完全腫瘍退縮が18匹中7匹で認められた.併用群はC4投与単独群(最長生存日数50日)と比べて全生存率でも有意な高値(80日後で33%)を示し,肺への転移率も低かった.また,併用群で完全腫瘍退縮したマウスに腫瘍を再移植しても5例中5例が生存した.これらアブスコパル効果および生存率延長効果に関する周辺腫瘍へのリンパ球トラフィキング*の役割を解明するため,免疫抑制剤FTY720*を用いた.その結果,HT腫瘍ではFTY720の影響はなかったが,UnHT腫瘍では腫瘍増殖遅延効果が消失した.また,28日目の生存率もFTY720投与により92%から25%に低下した.これらの結果はアブスコパル効果がリンパ球トラフィキングによることを示唆するものである.以上より,局所加温併用CTLA-4抗体治療はHT腫瘍での抗腫瘍効果を増強するばかりでなく,UnHT腫瘍でも同様の効果を示し,全生存率を延長に寄与することが示された.

 最近,多発転移を有する胞巣型横紋筋肉腫の症例に対し,低用量化学療法と局所ハイパーサーミア併用療法により,加温領域のみならず遠隔転移も完全寛解を示し,この効果はNK細胞やT細胞の活性化に関連するものであったとする臨床結果が発表された3).本邦でも1998年にすでに正荷電リポソームに封入した磁性粒子を変動磁場加温することにより,非加温腫瘍においても完全退縮を示すアブスコパル効果が報告され,これにはCD8+およびCD4+T細胞や腫瘍選択的細胞傷害性T細胞が関係することが示された4).近年,放射線治療分野でも免疫チェックポイント阻害剤の併用も考慮されるようになり、ハイパーサーミアを含めた集学的治療により、アブスコパル効果による非治療がん部位の治療効果が期待される. 今後,新しい観点でアブスコパル効果の機序の解明が進み,がん治療成績の向上に寄与することが期待される.

参考文献

1) Frey B, et al. Old and new facts about hyperthermia-induced modulations of the immune system. Int J Hyperthermia, 28: 528-42, 2012.

2) Ibuki Y, et al. Local hyperthermia combined with CTLA-4 blockade induces both local and abscopal effects in a murine breast cancer model. Int J Hyperthermia, 38: 363-71, 2021.

3) Issels RD, et al. Systemic antitumor effect by regional hyperthermia combined with low-dose chemotherapy and immunologic correlates in an adolescent patient with rhabdomyosarcoma – A case report. Int J Hyperthermia, 37: 55-65, 2020.

4) Yanase M, et al. Antitumor immunity induction by intracellular hyperthermia using magnetite cationic liposomes. Jpn J Cancer Res, 89: 775–82, 1998.

用語解説

*アブスコパル効果:遠隔効果, 遠達効果と称する.〝アブスコパル効果〟のアブスコパル(abscopal)とは,ラテン語の「遠く」という意味の「アブ」と古代ギリシア語の「狙う」という意味の「スコパル」を組み合わせた言葉.今まではあくまで一部の患者だけで見られる珍しい現象とされてきたが,それを高率で発生させるメカニズムが次第に明らかになりつつある.放射線照射を受けて死滅あるいは脆弱化したがん細胞は,免疫刺激作用のあるタンパク質やがん抗原などを放出し,それをマクロファージや樹状細胞などの血液中の抗原提示細胞が処理することにより細胞表面へその一部を提示する.提示された抗原はT細胞受容体を介して T細胞により認識され,T細胞が分化・活性化する.結果として腫瘍特異的細胞障害性Tリンパ球(腫瘍特異的CTL)が活性化され,また,細胞性免疫(マクロファージや細胞傷害性T細胞による直接攻撃)及び 液性免疫(B細胞と抗体が中心となる免疫反応)が活性化される.それが体中をめぐって,放射線を照射した以外のがん細胞を見つけて攻撃し,治療効果に貢献する.免疫チェックポイント阻害剤の開発および放射線照射技術の進歩で線量増加が可能となり,がん治療への併用効果があきらかとなり,注目されている.

*CTLA-4:Cytotoxic T-lymphocyte-associated protein 4,別名:CD152.免疫チェックポイント・タンパク質.細胞傷害性Tリンパ球抗原4(CTLA-4)は,免疫応答を負に調節する免疫チェックポイント受容体で,この阻害はT細胞を直接活性化し,制御性T細胞(Treg)によるT細胞抑制を解除し,長期にわたる抗腫瘍効果をもたらす可能性がある.そのため,最適なCTLA-4阻害療法の研究開発が進められている.抗CTLA-4抗体はCTLA-4と抗原提示細胞上のB7(CD80/CD86)との結合を阻害することで,T細胞上の共刺激分子であるCD28とB7の結合を可能にし,T細胞を再活性化する.また,Treg上のCTLA-4に結合し,Tregの免疫抑制機能を低下させるとともに,ADCC(Antibody-dependent-cellular-cytotoxicity:抗体依存性細胞傷害)により腫瘍組織中のTregを減少させることで抗原提示細胞を成熟させてT細胞を活性化し,T細胞の抗腫瘍効果を促進する.Tremelimumab や Ipilimumabなど様々ながんのための免疫チェックポイント阻害剤が開発されている.

*リンパ球のトラフィキング:リンパ球の組織への移動のことを指す.リンパ球ホーミングがよく使われるが,ホーミングは特に,あるリンパ組織から循環し,再びもとのリンパ組織に戻ってくることを指す.リンパ球のホームは胸腺,骨髄などであるが,大規模にみられるリンパ球のトラフィキングは血液と二次リンパ組織の間であり,これは生まれた家(ホーム)に戻る現象ではない. *FTY720(Fingolimod):フィンゴリモドは免疫抑制剤で,リンパ球がリンパ節から体液中に出るのを妨げて末梢血液中のリンパ球(特に,Tリンパ球)の数を低下させて免疫を抑制する.自己免疫疾患である多発性硬化症治療薬として発売されている.漢方薬の冬虫夏草の活性成分から発見され,ミリオシンの誘導体であるFTY720(Fingolimod)が,生体内でSPHK-2 (Sphingosine kinase 2)によりリン酸化を受けて生成したFTY720リン酸化体は,S1P2を除く四つのS1P(Sphingosine-1-phosphate)受容体に対してアゴニストとして働く.特に,S1P1に対しては,この受容体の内在化(エンドサイトーシス)を誘導する結果,不活性化を招く機能的アンタゴニストである.