エラスチンとセラストロールの併用による抗腫瘍効果

一社)日本ハイパーサーミア学会ニュース【学術報告73】

最近の話題73(2022/02/07配信)

エラスチンとセラストロールの併用による抗腫瘍効果

大塚健三*

中部大学 応用生物学部

 エラスチン(Erastin)はフェロトーシス†1誘導剤であり1,種々のがん細胞に対して殺細胞効果を持つ2.また,セラストロール(Cerastrol)†2は,熱ショック転写因子1(HSF1)の活性化因子として同定されていたが3,その後,がん細胞に対してアポトーシスを誘導し,血管新生や転移の阻害,抗炎症効果を示すことで抗腫瘍効果を持つことがわかってきた4, 5.しかし,セラストロールは全身性の副作用のために臨床応用は制限されている.

 今回紹介するLiuらの論文では,エラスチンとセラストロールを併用することで予想しなかったメカニズムにより,がん細胞の相乗的な殺細胞効果が得られることを報告している6.用いた細胞は3種類の非小細胞肺がん細胞(non-small-cell lung cancer cells)である.エラスチンもセレストロールも単独では約5 M以上の濃度で殺細胞効果が得られる.しかし,単独では殺細胞効果のない濃度のエラスチン(2.5 M)とセレストロール(1.25 M)を併用処理すると大きな殺細胞効果が得られることがわかった.ところが,奇妙なことにフェロトーシスも通常のアポトーシスも起こっていなかった.よく調べてみると,これら両者併用処理によって細胞内の活性酸素種(reactive oxygen species, ROS)が増加しており,ROS依存的なオートファジーが起こっていた.このオートファジーによってミトコンドリアの機能傷害(mitophagy,マイトファジー)が誘発されることで細胞死が引き起こされることが判明した.

 上述のようにセラストロールはHSF1の活性化因子であるので著者らが確認したところ,セラストロール単独でもHSF1は活性化されていくつかのHSPsは増加していたが,エラスチンとの併用処理でHSF1は,さらに活性化されてHSPsの合成も促進されていた.このことは,酸化ストレスによってもHSF1は活性化されることが知られているので,セラストロールによるHSF1活性化との相乗的な効果かもしれない.つまり,HSPsは細胞の生存促進因子であるのだが,それにも関わらずエラスチン+セラストロールでは細胞死が増大していたのである.このことは,両者併用の殺細胞効果はHSF1の活性化によって減弱していたことを示唆している.ちなみに,HSF1をノックダウンすると両者併用の殺細胞効果がさらに増強する.最後に,著者らは移植腫瘍に対してもエラスチン+セラストロールによって抗腫瘍効果が得られることを示している.この場合もHSF1ノックダウンによりさらに大きな抗腫瘍効果が得られている.なお,今回用いた濃度の両者併用による正常組織への毒性はいくつかの臓器の組織学的な所見では見られなかった.

 このように作用機作のわかっている既知の薬剤でも併用することで予期しない反応メカニズムでがん細胞に対して殺細胞効果を引き起こす場合がある.今後はさまざまな薬剤を併用することでより有効ながん治療法が得られる可能性に期待したい.

参考文献

  1. Dixon S.J., Lemberg K.M., Lamprecht M.R., Skouta R., Zaitsev E.M., Gleason C.E., Patel D.N., Bauer A.J., Cantley A.M., Yang W.S., Morrison B., Stockwell B.R.: Ferroptosis: An iron-dependent form of nonapoptotic cell death. Cell, 149: 1060-1072, 2012.
  2. Mou Y., Wang J., Wu J., He D., Zhang C., Duan C., Li B.: Ferroptosis, a new form of cell death: opportunities and challenges in cancer. J Hematol Oncol, 12: 34, 2019.
  3. Westerheide S.D., Bosman J.D., Mbadugha B.N.A., Kawahara T.L.A., Matsumoto G., Kim S., Gu W., Devlin J.P., Silverman R.B., Morimoto R.I.: Celastrols as inducers of the heat shock response and cytoprotection. J Biol Chem, 279: 56053–56060, 2004.
  4. Salminen A., Lehtonen M., Paimela T., Kaarniranta K.: Cerastrol: Molecular targets of Thunder God Vine. Biochem Biophys Res Commun, 394: 439-442, 2010.
  5. Kashyap D., Sharma A., Tuli H.S., Sak K., Mukherjee T., Bishayee A.: Molecular targets of celastrol in cancer: recent trends and advancements. Crit Rev Oncol Hematol, 128: 70–81, 2018.
  6. Liu M., Fan Y., Li D., Han B., Meng Y., Chen F., Liu T., Song Z., Han Y., Huang L., Chang Y., Cao P., Nakai A., Tan K.: Ferroptpsis inducer erastin sensitizes NSCLC cells to cerastrol through activation of ROS-mitochondrial fission-mitophagy axis. Mol Oncol, 15: 2084-2105, 2021.

用語解説

†1フェロトーシス:鉄イオン依存的な制御された細胞死の一つ1.細胞内の遊離鉄による活性酸素種と過酸化脂質の蓄積により細胞死が誘導される.エラスチンは特異的なフェロトーシス誘導剤である.フェロトーシスによる細胞死は鉄キレーターや抗酸化剤のferrostatin-1で阻害される.

†2Cerastrol:漢方薬のThunder God Vine(Tripterygium wilfordii, クロヅル,ニシキギ科のつる性低木)の成分の一つ.

利益相反に関する開示:

著者に利益相反状態は認められなかった.

Mini-review:

Anti-tumor effect of the combinational treatment with erastin and cerastrol

KENZO OHTSUKA*

College of Bioscience and Biotechnology, Chubu University, Kasugai, Aichi 478-8501, Japan

*Corresponding author: kohtsuka@isc.chubu.ac.jp

Key Words: erastin, cerastrol, ROS-dependent autophagy, mitophagy

Received: 28 December, 2021

Accepted: 28 January, 2022

Vol.38 (1)掲載予定