日本ハイパーサーミア学会ニュースNo.159【学術報告70】

最近の話題70(2022/02/10配信)

ハイパーサーミアがん治療への相乗効果―プラズマ活性酢酸リンゲル液との併用

田中 宏昌*, 堀 勝

名古屋大学低温プラズマ科学研究センター

近年,低温プラズマ†1によるがん治療研究が盛んに行われるようになり,その中でもプラズマを照射した溶液 (プラズマ活性溶液†2と呼ばれる)による抗腫瘍効果が注目を集めている1).2012年にプラズマ活性培養液 (Plasma-Activated Medium, PAM)と称されるプラズマ照射した細胞培養液がアストロサイトの正常細胞に対しては影響しないが,脳腫瘍培養細胞に対して選択的に細胞毒性を示すが報告されて以来,様々な溶液や様々ながん細胞に対してプラズマ活性溶液の抗腫瘍効果が報告されてきた2).2016年にはプラズマ活性乳酸リンゲル液やプラズマ活性酢酸リンゲル液による抗腫瘍効果が報告され3),それらの溶液内の成分,作用機序,動物実験など,プラズマ活性溶液の臨床応用に向けた研究が広く進められている.

ここではハイパーサーミアに加えてプラズマ活性酢酸リンゲル液 (Plasma-activated Ringer’s acetated solution, PAA)を併用し,相乗的に抗腫瘍効果を高めることを証明した研究内容について紹介する4).A549ヒト非小細胞肺癌細胞株を用いて,ハイパーサーミア (42oC)及びPAAの相乗効果が調べられた.ハイパーサーミア単独やPAA単独に比べ,ハイパーサーミアとPAAの併用は相乗的にA549細胞に対して細胞毒性を示すことが示された.更に,ハイパーサーミアとPAAの併用によりA549細胞の細胞内Ca2+の増加が確認されたため,Transient Receptor potential (TRP)チャネルの1種であるTRPM2 (TRP metastatin 2)†3の機能が調べられた.TRPM2の阻害剤(2-aminoethoxydiphenyl borate, 2APB)やsiTRPM2による遺伝子のノックダウンにより,ハイパーサーミアとPAAによる細胞内Ca2+の増加と抗腫瘍効果が抑制されたことから,ハイパーサーミアとPAAの併用による抗腫瘍効果にはTRPM2が関与していることが証明された.さらに,A549細胞におけるハイパーサーミアとPAAの併用により,細胞内活性酸素種の増加,DNAの断片化, poly(ADP-ribose)polymerase-1(PARP-1)の活性化の促進, アポトーシスの誘導が示された.以上より,PAA処理とハイパーサーミアの併用により細胞内活性酸素種が増大し, その結果DNAの断片化とPARP-1の活性化が促進される.そのことによってTRPM2が活性化されて, 細胞内Ca2+がさらに増加することで細胞死が誘導されるというメカニズムが提唱された.つまりハイパーサーミアは、がん細胞のPAAに対する感受性を相乗的に増強する.正常細胞として用いられた線維芽細胞においては,ハイパーサーミアとPAAの併用による細胞毒性は認められなかった.

最近, ハイパーサーミアと低温プラズマの併用による抗腫瘍効果の増大がU937リンパ腫細胞株で報告されており5),ハイパーサーミアと低温プラズマ/プラズマ活性溶液との併用療法は,有望な治療法として期待される.

参考文献

1. Tanaka H., Bekeschus S., Yan D., Hori M., Keidar M., Laroussi M.: Plasma-treated solutions (PTS) in cancer therapy. Cancers, 13: 1737, 2021.

2. Tanaka H., Mizuno, M., Ishikawa, K., Nakamura, K., Kajiyama, H., Kano, H., Kikkawa, F. Hori, M.: Plasma-activated medium selectively kills glioblastoma brain tumor cells by down-regulating a survival signaling molecule, AKT kinase. Plasma Med, 1: 265-277, 2013.

3. Tanaka H., Nakamura K., Mizuno M., Ishikawa K., Takeda K., Kajiyama H., Utsumi F., Kikkawa F., Hori M.: Non-thermal atmospheric pressure plasma activates lactate in Ringer’s solution for anti-tumor effects. Sci Rep, 6: 36282, 2016.

4. Ishii R., Kamiya T., Hara H., Adachi T.: Hyperthermia synergistically enhances cancer cell death by plasma-activated acetated Ringer’s solution. Arch Biochem Biophys, 693: 108565, 2020.

5. Moniruzzaman R., Rehman M.U., Zhao Q.L., Jawaid P., Takeda K., Ishikawa K., Hori M., Tomihara K., Noguchi K., Kondo T., Noguchi M.: Cold atmospheric helium plasma causes synergistic enhancement in cell death with hyperthermia and an additive enhancement with radiation. Sci Rep, 7: 11659, 2017.

6. Toyokuni S., Ikehara Y., Kikkawa F., and Hori M., Plasma Medical Science: Academic Press, 1-458, 2018

用語解説

†1低温プラズマ:プラズマとは,固体,液体,気体に次ぐ第4の物質の状態を指し,宇宙の99%以上はプラズマから構成されている.プラズマを用いて微細加工などのモノづくりは全産業の基幹技術となっている.最近,真空下でなく大気圧下で生体に熱の影響を与えることなくプラズマを照射する技術の進歩により,低温大気圧プラズマ (CAP: cold atmospheric plasmaと称される)を医療応用や農業応用する試みが盛んに行われるようになった.我が国では,2012年度~2016年度に新学術領域「プラズマ医療科学の創成」(領域代表:堀 勝)が立ち上がり,プラズマ活性溶液の生物効果を含め本分野において世界を牽引する成果が挙げられてきた.「Plasma Medical Science」6)はこの分野を紹介した叢書である.

†2プラズマ活性溶液:プラズマを照射した溶液のことで培養液,点滴などをプラズマ照射すると (それぞれ「プラズマ活性培養液」,「プラズマ活性点滴」と呼ぶ)抗腫瘍効果など,細胞・組織に多様な生理学的応答を示すことがこれまでの研究で分かってきた.

†3TRPM2: Transient receptor potential melastatin 2.Ca2+透過性を持った非選択的陽イオンチャネルで,過酸化水素などによる酸化ストレスにより活性化される.TRPM2チャネルの活性化開口により.膜電位の変化,Ca2+の細胞内流入による様々な細胞応答が引き起こされる.

利益相反に関する開示
 著者に利益相反状態は認められなかった.

Mini-review

Synergistic Effects on Hyperthermic Cancer Therapy Using Plasma-activated Acetated Ringer’s Solution

Hiromasa Tanaka*, Masaru Hori

Center for Low-temperature Plasma Sciences, Nagoya University, Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya 464-8603, Japan

*Corresponding author: htanaka@plasma.engg.nagoya-u.ac.jp

Key Words: low-temperature plasma, plasma activated solutions, plasma activated Ringer’s acetated solution, hyperthermia

Received: 19 July, 2021

Accepted: 30 July, 2021

Vol.37 (4)掲載済み