“オンコサーミア”(Modulated Electro Hyperthermia [mEHT])の臨床応用に関する最近の知見について

一社)日本ハイパーサーミア学会ニュースNo.111【学術報告46】
ハイパーサーミアに関する最近の話題46

 “オンコサーミア”(Modulated Electro Hyperthermia [mEHT])の臨床応用に関する最近の知見について

増永 慎一郎(京都大学複合原子力科学研究所, 放射線生命科学研究部門, 粒子線生物学研究分野)

一般に43°Cを超えるハイパーサミアは単独でも抗腫瘍効果を示すが,腫瘍細胞の播種を助長する可能性のある周囲組織への血流の増加など,潜在的なリスクもある.また,腫瘍内の血流が制限され,腫瘍への薬物送達が減少する可能性もある.加えて,大きな腫瘍サイズや壊死組織等の不均一な組織特性のために,腫瘍内温度は37°Cから43°C以上まで変化し,目的部位を一定の温度に,かつ均一に加熱することは困難とされる.

“オンコサーミア”(Modulated Electro Hyperthermia (以下mEHT))は,Andras Szasz教授によって提案された比較的新しい加温手法である.従来の加熱方法とは異なり,均一な温度分布を目指すものではなく,悪性腫瘍の細胞外マトリックスと細胞膜,特にタンパク質クラスター(生体膜ラフト構造)が選択的に加温されると説明している1).ここでは,最近報告されたmEHTに関する臨床知見を集めた総説について紹介する.Szasz AMらによる総説2)では,初めにmEHTが血流調節,腫瘍細胞の選択的加温,細胞間結合の再編成(re-establishing cellular connections)に影響し,その後シグナル伝達や免疫原性細胞死の誘導,アポトーシスやアブスコパル効果等に到る過程を説明している.次にmEHTの安全性,子宮頸癌,脳腫瘍,腹膜転移の臨床例をまとめ,個別症例の報告も示した.特に脂肪層の厚さによらず深部加温できる点,いわゆるマイルドハイパーサーミア温度で腫瘍血流の改善や薬剤吸収の向上が見込まれ増感手法としての有用性を述べている.温熱療法の追加による局所制御の向上が生存日数の延長に,必ずしも貢献するとも限らず,生存率の向上のためには転移性(全身性)疾患の制御も必要となるが2),このためには,局所治療に対する全身反応の誘発により達成が可能と考えられ,実際,局所加温による免疫調節効果や,温熱併用放射線照射によるアブスコパル効果についても指摘されている3)

臨床における温熱治療の主要課題の1つは,脳・中枢神経系腫瘍に対する安全な遂行であるが,mEHTは,脳腫瘍の治療時における安全性と,再発性脳腫瘍に対する緩和的治療として加温単独で治療された際の有用性を示した.更に,疾患が増悪するリスクも見られず,mEHTで治療された患者の無病生存期間の延長も示された4).Minnaarらの報告によれば,容量加温法(Capacitive heating)では,深部腫瘍の効果的加熱は困難とされるが,mEHTを用いると,肥満患者でも治療効果の向上が認められ,深部骨盤(子宮頸部)腫瘍に対する治療時でも十分な安全性が確保されることが第III相ランダム化試験によって示されている5).また,卵巣癌,肺および肝臓への治療後の再発患者の腹膜転移に対する第I/II相試験でも,用量制限毒性(dose limiting toxicities)は認められず,この研究への参加者のBMIが,治療効果とは関連しなかったことが示され,脂肪層の厚さに関わらず,mEHTが深部腫瘍を効果的に加温し得ることが示された.さらに,前臨床研究で指摘されたmEHTによる免疫調節効果に相当する電離放射線照射時のアブスコパル応答も見られた5)

なお,ブタ肝臓を用いた動物実験結果でも,mEHTは,腫瘍の十分な加熱能力と腫瘍内血流および薬物分布量の改善効果を示し6),癌治療時に併用される温熱療法として,比較的容易に施行可能で,かつ安全で効果的に加温可能な手法であると考えられる.

これらの報告はmEHTを用いた基礎研究から臨床応用された結果まで,広範な内容を含んでいるが,加温中の温度測定および温度分布に関する言及は殆どなく,原則,出力の調整のみでmEHTによる加温が遂行された.この加温手法は,良好な腫瘍効果が得られた際に初めて有用性が認められる手法とも考えられ,治療効果の向上のためには,治療担当者のmEHTを用いた加温経験にも依存すると思われる.

参考文献

1)    Papp E, et al. Energy absorption by the membrane rafts in the modulated electro-hyperthermia (mEHT). Open J Biophys 7: 216–29, 2017.

2) Szasz AM, et al. Review of the clinical evidences of modulated electro-hyperthermia (mEHT) method: An update for the practicing oncologist. Front Oncol 9: 1012, 2019.

3)    Datta NR, et al. Local hyperthermia combined with radiotherapy and-/or chemotherapy: recent advances and promises for the future. Cancer Treat Rev 41:742–53, 2015.

4)    Fiorentini G, et al. Retrospective observational clinical study on relapsed malignant gliomas treated with electro-hyperthermia. Oncothermia J 22: 32–45, 2018.

5)    Minnaar CA, et al. The effect of modulated electro-hyperthermia on local disease control in HIV-positive and -negative cervical cancer women in South Africa: early results from a phase III randomised controlled trial. PLoS ONE 14:e0217894, 2019.

6)    Balogh L, et al. Temperature increase induced by modulated electrohyperthermia (oncothermia®) in the anesthetized pig liver. J Cancer Res Ther 12: 1153–9, 2016.

用語解説

オンコサーミア,Modulated Electro Hyperthermia (mEHT):

mEHTは振幅変調した13.56 MHzラジオ波(RF)を用いた容量結合型加温法である.温度上昇を治療に利用するともに電磁波のいわゆる非熱的作用を治療に生かすべく,腫瘍細胞膜に連続的な温度勾配を生じさせる等の特長を有する.出力は最大150 Wで腫瘍内温度はいわゆる“マイルドハイパーサミア”水準の<42oCである.また低出力のRFを用いるため,設置にあたってはシールドルームを必要とせず,火傷等の副作用も少ないとされる.欧州やアジアを中心に普及している.詳細はSzasz A, Szasz N, Szasz O.: Onocthermia: Principles and Practices. Springer, 2011の叢書に記載されている.