ハイパーサーミアにおけるDNA損傷応答

ハイパーサーミアに関する最近の話題13

ハイパーサーミアにおけるDNA損傷応答

古澤 之裕(富山県立大学),近藤 隆(富山大学) 

温熱による放射線増感の機構としてDNA修復阻害が知られており,温熱によるNBS1タンパク質の核外移行や,相同組み換え修復に関与するBRCA2の分解など分子メカニズムの一端が報告されている.また,温熱がDNA一本鎖切断,塩基損傷,複製フォークの伸張阻害を引き起こすことに加え,温熱による二本鎖切断の誘発も報告されている.温熱誘発DNA損傷は細胞内活性酸素種の産生に加え,複製・修復タンパク質の熱変性などにより複合的に引き起こされると考えられている.このことから,温熱によるDNA損傷誘発・修復阻害機構やそのシグナル伝達経路の理解は,温熱療法の治療成績向上に役立つと期待され,基礎研究が進められてきた.本稿では温熱とDNA損傷応答に関連する最近の話題について紹介する.

本年5月に,温熱によるBRCA2タンパク質分解の温度感受性について詳細な報告がされた1).Tempelらによれば,40-44oCまで1oC刻み(ただし43.5oCは例外的に含む)で,15-60分温熱処理した場合,臨床の実用域である40oCから42oCまで温度および処理時間に依存してBRCA2の発現が減少した.興味深いことに,43oCを超えた場合には,42oC処理の際よりもBRCA2の発現減少の程度は少なかった.そこで,42oCおよび44oCで処理した細胞の全細胞抽出物,細胞溶解処理後の上清および沈殿中に含まれるBRCA2発現を調べたところ,44oC処理では上清に含まれるBRCA2が減少し,逆に沈殿側に含まれるBRCA2の量が処理時間依存的に増えたことから,変曲点を超えるとBRCA2が変性し,不溶化したと考えられる.44oCではBRCA2の発現は42oC処理より減少していない.一方,BRCA2が関わるRAD51 フォーカスの数は42oCより減少したことから,44oC処理で残存したBRCA2については温熱によりその機能を失ったことが伺える.また,42oC処理で減少したBRCA2は,プロテアソーム阻害剤であるMG132によってその発現が回復したことから,プロテアソーム系による分解の関与が示された.これらの結果は42oC処理ではプロテアソーム系によるBRCA2の分解が正常に働くが,44oC処理ではプロテアソーム系の機能低下により,変性・不溶化したBRCA2タンパク質を分解・除去できないと推測される.本結果は,タンパク質分解系のin vitroの知見ではあるものの,DNA損傷修復阻害を目的としたハイパーサーミアにおいて,温度・時間決定の際の指針になると期待される.

上記の話題に加え,DNA損傷が引き起こすシグナル伝達系について報告する.DNA損傷により活性化するATM,ATRやDNA-PKといったセンサータンパク質は,細胞周期の停止やDNA修復を促進し,細胞死を回避する役割を担っており,本分子を起点としたカスケードはDNA損傷応答経路と呼ばれている.このDNA損傷応答経路が,温熱誘発細胞死や細胞周期停止に関与するかは不明な点が多く,我々はこの経路の分子に着目して,温熱増感のための標的分子を探索してきた.以前,がん細胞において,温熱処理(44oC,30〜45分)によりATRとその下流のChk1が活性化する事や,ATRおよびChk1の阻害は,温熱により誘発されるG2/M期での細胞周期停止を解除し,温熱誘発細胞死を増強することを報告した2).一方で,温熱が活性化するATM-Chk2の熱応答に対する役割については不明であった.最近,我々は野生型p53を有するMolt-4細胞およびp53ノックダウン細胞株を用いた実験で,Chk2阻害はp53ノックダウン細胞においてのみG2/M期での細胞周期停止を解除し,温熱誘発細胞死を増強することを報告した3).さらに本研究において,Chk1とChk2の同時阻害は,単独処理よりも温熱により発現低下したCdc25Aの発現を回復させ,細胞周期停止の解除と細胞死の誘発を引き起こすことも明らかになった.これらの現象はMolt-4細胞のみでなく,固形がん細胞株であるHeLa細胞においても確認されたことから,Chk2はp53抑制型のがん細胞における選択的な分子標的となると考えられる.

 温熱によるDNA損傷応答経路の活性化や阻害に関する分子機構の研究は,今後も詳細な機構の解明が進められることが予想される.しかしながら,上記の研究報告も含め,in vitroの培養細胞の評価系で得られた知見が多く,今後は臨床応用を目的に,in vivoでの検討を進めていく必要がある.

参考文献

  1. Tempel N, et al. The effect of thermal dose on hyperthermia-mediated inhibition of DNA repair through homologous recombination. Oncotarget, 8: 44593-44604, 2017.
  2. Furusawa Y, et al. Inhibition of checkpoint kinase 1 abrogates G2/M checkpoint activation and promotes apoptosis under heat stress. Apoptosis, 17: 102-112, 2012.
  3. Furusawa Y, et al. Checkpoint kinase 2 is dispensable for regulation of the p53 response but is required for G2/M arrest and cell survival in cells with p53 defects under heat stress. Apoptosis (in press).ATM:ATM (ataxia telangiectasia, mutated) protein kinase, ATR:ATR(ATM and Rad3-related) protein kinase,Chk1:Checkpoint kinase 1, Chk2:Checkpoint kinase 2,MG132:A specific, potent, reversible, and cell-permeable proteasome inhibitor ( Ki = 4 nM), 
  4. NBS1:Nijmegen Breakage Syndrome 1 (Nibrin).
  5. DNAPK:DNA-dependent protein kinase,
  6. BRCA2:Breast cancer susceptibility gene II, Cdc25A:Cell division cycle 25 homolog A,
  7. 略語の説明