Phase separationを通じた,熱ショック時のストレス顆粒形成

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Phase separationを通じた,熱ショック時のストレス顆粒形成

秋光 信佳(東京大学アイソトープ総合センター)

はじめに

熱,放射線,浸透圧,栄養状態,酸素濃度,化学物質などの外的ストレスに細胞が曝された場合,それぞれのストレスに対して適切に応答する機構を細胞は有する.このような応答機構の中に,細胞内構造体(ストレス顆粒)の形成が知られている1.ストレス顆粒は0.1から4 μm程度の構造体であり,熱刺激したトマト細胞で最初に発見された.その後の研究から,ストレス顆粒の形成が細胞の熱ストレス応答において重要な役割を持つことが分かってきている.最近,ストレス顆粒の形成機構としてphase separation (phase transitionとも呼ぶ)という現象が注目されている.phase separationとは,溶液の相転移現象の一つで,均一な溶液が温度や圧力の変化によって相溶性が変化し,その結果,均一な溶液である一相状態から二相状態(相分離)に変化することをいう.相分離を起こす混合液体の多くは,高温で混ざり合い,温度の低下に伴って2相に分離する.しかしながら,細胞の中では,温度上昇に伴って2相分離が起きて顆粒状の構造体が形成される点が非常に興味深い.また,タンパク質には一次構造から四次構造までの段階的構造を構築することが知られているが,phase separationを通じた顆粒形成は五次構造とも呼ばれており,その構築原理や生理的役割の解明がホットな研究領域となっている2, 3.さらに,phase separationは神経変性疾患の原因と考えられる細胞内不溶性凝集体の形成においても重要な役割を果たすことから,臨床の観点から注目されている4.本稿では,まず,最近注目されるphase separationについて概説する.次に,熱ストレスによって形成される細胞質ストレス顆粒形成にpolyA結合タンパク質が重要な働きをしていることを報告した論文を紹介し,熱ストレス応答におけるphase separationの意義について紹介する.

Phase separationによる細胞内顆粒形成

細胞内には,膜構造を持つオルガネラの他に,膜構造を持たない構造体(顆粒とも呼ばれる)として,細胞質のP-bodyやgerm granule,核内に核小体やカハール体などが存在する.さらに,シグナル伝達や転写エンハンサー領域でも顆粒構造が形成されると考えられており,生命現象のダイナミズムと顆粒形成は密接に関係している.これらの顆粒は,溶液中で特定の分子群(RNAやタンパク質)が集合して形成され(相分離,すなわちphase separation),顆粒の中では特異的な生化学反応が進行している.重要な点は,顆粒内では溶質であるタンパク質が拡散移動できるため,顆粒内は液相の生化学反応が進行していることである.また,phase separationによって形成される顆粒中では層構造が形成されることがある.さらに,顆粒は可逆的に分散することもできる.これらの点が,ただの凝集体とphase separationを通じて形成される細胞内顆粒との違いである.

Phase separationに関与するタンパク質は数多く知られているが,それらの多くに共通した性質として,天然変成状態の領域(Low-complexity region)を含むことが知られる.この天然変成領域を介して複数のタンパク質同士(異なるタンパク質同士,あるいは同じタンパク質同士)が結合・重合して行くことで,phase separationが起きると考えられている.化学的現象として,phase separationは温度に強く影響を受けることが知られており,実際に,熱処理によって細胞内で形成されるストレス顆粒形成でもphase separationが重要な役割を果たす.

熱ストレスによるストレス顆粒形成とphase separation

 mRNAは,その3’末端にポリA尾部を有するが,このポリAに特異的な結合親和性を有するタンパク質としてポリA結合タンパク質(polyA binding protein; PABP)が知られている.PABPは酵母からヒトに至るまで保存されており,ポリA尾部への結合を通じて翻訳やRNA分解を制御している.最近,Ribackらは,酵母におけるストレス顆粒形成においてPABPの重要性を報告した5.すなわち,生理的な範囲での高温処理やpH変化によって酵母の細胞質ではストレス顆粒が形成されることが以前から知られていたが,この現象にPABPが深く関与することを発見した.非ストレス負荷時では,ポリA結合タンパク質はmRNAのポリA尾部に結合しているが,ストレスの負荷によって,PABPがmRNAから遊離し,自己集合してストレス顆粒を形成する.この自己集合では,PABPの天然変成領域を介した自己集合によるハイドロゲル形成が重要な機構となっている.さらに,PABPの天然変成領域のアミノ酸配列そのものの進化的保存性は低いが,脂肪族アミノ酸の含有度が高いという性質は進化的に保存されており,天然変成領域中の脂肪族アミノ酸を他のアミノ酸に変異させるとPABPが凝集しなくなることを示している.本論文で報告された数ある発見のなかでも,特に興味深い点は,従来知られていたストレス顆粒形成では,RNAが顆粒形成のコアとなる例が多かったのに対し,今回,PABPはmRNAから遊離してストレス顆粒を形成することを見いだした点である.このようなしくみの生理的意義の解明はこれからであるが,一時的に翻訳が全般的に抑制されることが熱ショックに対して生き残るために重要と考えられていることから,熱ショック時の翻訳をグローバルに抑制するしくみとしてPABPの遊離と自己集合が細胞内で起こるという解釈が提案されている.また,このようなしくみを構築する上で,PABPが生理的なストレスセンサーであると筆者らは主張している.

 熱ショック応答では,転写因子HSF1からシャペロンがリリースされ,その後のHSF1の自己集合(三量体形成)と核内移行が熱ショック遺伝子を転写活性化し,細胞内ストレス応答を引き起こして行くモデルが広く受け入れられている.今回のRibackらの報告によって,HSF1以外にもストレスセンサーとして機能する分子や分子機構が存在し,遺伝子発現の様々な段階を制御することで適切なストレス応答を行っていることが再認識された.

参考文献

  1. Mahboubi H, Stochaj U. Cytoplasmic stress granules: Dynamic modulators of cell signaling and disease. Biochim Biophys Acta, 1863: 884-895, 2017.
  2. Mitrea DM, Kriwacki RW. Phase separation in biology; functional organization of a higher order. Cell Commun Signal, 14: 1, 2016.
  3. Protter DS, Parker R. Principles and properties of stress granules. Trends Cell Biol, 26: 668-679, 2016.
  4. Taylor JP, et al. Decoding ALS: from genes to mechanism. Nature, 539: 197-206, 2016.
  5. Riback JA, et al. Stress-triggered phase separation is an adaptive, evolutionarily tuned response. Cell, 168: 1028-1040, 2017.