日本ハイパーサーミア学会ニュースNo.172【学術紹介77】ハイパーサーミアに関する最近の話題77

主要な血管周りの温度分布推定の動向

井関 祐也
八戸工業高等専門学校 機械・医工学コース 

 1948年に論文が発表されて以来,Pennesの生体熱伝導方程式1)は生体内の熱輸送を表す最も著名な方程式として知られている.この方程式は,血液灌流の効果を等方的とみなし,組織温度が静脈血温度に等しいと仮定している.また,血管網の構造や血流速度に依存しないため簡便である2).このような仮定のため,主要な血管周りの温度分布推定にはPennesの生体熱伝導方程式は適用できず,熱流体工学の観点からアプローチが必要になる.
温熱療法の分野においても主要な血管周りのheat-sink効果†1がしばしば問題視されている.ラジオ波焼灼治療法(RFA:Radio Frequency Ablation)は低侵襲かつ高い治療効果が期待できる治
療方法であり,様々な腫瘍に適用できることから癌治療の主軸となっている.しかしながら,主要な太い血管に隣接した腫瘍を治療する際には,heat-sink効果によって有効加温が困難となる.さらに,過度な加温は血管に熱損傷をもたらす危険性もある.すなわちRFAにおいては,腫瘍の焼灼領域が最大となり,かつ血管への熱損傷が最小となる,トレードオフの条件を満たす治療計画の立案が求められる.今回は主要な血管周辺の熱輸送に着目した論文について紹介する.
 Chatoら3)は1本の円筒形状の血管を対象とした検討から,血管による熱輸送は,グレーツ数Gz†2によって支配されると報告している.毛細血管などのGz < 0.4では血管は完全な熱交換機として振る舞い,
血液温度は瞬時に組織温度と等しくなることを示した.一方,主要な動脈などのGz >103では組織と血液との熱交換はほとんどなく,血管出口の血液温度は流入温度と等しいことを示した.また,血液の流れによって生じる血管周りの熱伝達率†3を熱流体工学的に求める手法が示されている.その他,動脈と静脈が平行に配置されている箇所での熱輸送,皮膚表面付近の血管による熱輸送についてもまとめられている.
RFAの治療効果を予測する上で,コンピュータ・シミュレーションは強力なツールであるが,heat-sink効果を定量的に把握するには電磁界解析,流体解析,熱伝導解析らを連成解析する必要がある.特に流体解析は計算コストの高さが問題となる.Haemmerichら4)は門脈を模擬した円筒状血管に隣接する位置にLeVeen Needle形状の針電極を配置し,コンピュータ・シミュレーションによってheat-sink効果を検討した.HaemmerichらはChatoの導出した手法を援用し,血管周囲の熱伝達率を境界条件とすることで流体解析を行わずにheat-sink効果を定量的に評価することに成功している.ChatoやHaemmerichの手法は血管周辺の熱輸送を簡便に見積ることができ有益である反面,血管が幾何学的にシンプルな形状にのみ有効であるため,実際の血管構造には流体解析との連成解析がやはり不可欠である.一方,多様な治療パラメータ(加温時間t,針電極長さ方向の刺入位置x,高さ方向の刺入位置z,針電極の水平方向となす角θ)の中から最適な条件を詮索するのは,高い計算コストを鑑みると容易ではない.
 このような問題に対し,Fangら5)は肝臓の主要な血管(門脈,肝動脈,肝静脈)を有する複雑形状シミュレーションモデルに対し,応答曲面法†4によって最適な治療パラメータを最小限の試行回数で導出する試みを行った.Fangらは門脈と肝動脈の上方に位置する,楕円形状腫瘍モデル(30 mm×40 mm)に対し,上記4種類の治療パラメータの中から最適値を導き出す試行を25回にまで削減した.一般的な臨床のプロトコル6)(t = 720秒,針電極の位置xおよびzは腫瘍の中央,θ = 0°)に則って治療を行った場合,腫瘍面積の98.1%を焼灼可能
であるが,血管面積の4.1%もの領域に熱損傷が起こりうることをコンピュータ・シミュレーションによって示した.一方,応答曲面法によって導出された最適な治療パラメータ(t = 780秒,x = 中央から-3 mm,z =中央から-0.7 mm,θ = 3.6°)では,腫瘍面積の99.6%を焼灼可能であり,血管の熱損を血管面積のわずか0.4%に抑えることが可能であることが示された.これらの結果から,heat-sink効果および血管の熱損傷をゼロにすることは困難であることが示されたが,患者個々の症状に基づいた治療パラメータの最適化の重要性が示唆され,提案手法の有用性が示された.
Fangらの提案手法はコンピュータ・シミュレーションに掛かる計算コストを最小限に抑えつつ,有益な治療計画を立案可能な点において今後の展望に期待がかかる.この論文では主要な血管周りのheat-sink効果に焦点が当てられていたが,容量結合型加温装置の治療評価にも応用可能であると考えられる.例えば,加温時間,加温電力,上下電極の大きさ,電極の設置位置,電極の設置角度などが治療パラメータとして挙げられる.患者個々の医療画像から再構築した解剖学的モデルによってこれらの治療パラメータの最適値を導き出すことで臨床での治療成績の向上が期待でき,ハイパーサーミアの発展に寄与するものと思われる.
参考文献
1)    Pennes H.H.: Analysis of tissue and arterial blood temperatures in the
resting human forearm. J Appl Physiol, 1: 93-122, 1948.
2)    日本機械学会,“機械工学事典”,丸善株式会社,701, 2011.
3)    Chato J.C.: Heat transfer to blood vessels. ASME Trans Biomed Eng,
102: 110-118, 1980.
4)    Haemmerich D., Wright A.W., Mahvi D.M., Lee F.T. Jr, Webster J.G.:
Hepatic bipolar radiofrequency ablation creates coagulation zones close to
blood vessels: A finite element study. Med Biol Eng Comput, 41: 317-323,
2003.
5)    Fang Z., Wei H., Zhang H., Moser A.J.M., Zhang W., Qian Z., Zhang B.:
Radiofrequency ablation for liver tumors abutting complex blood vessel
structures: treatment protocol optimization using response surface method
and computer modeling. Int J Hyperthermia, 39: 733-742, 2022.
6)    Ben-David E., Nissenbaum I., Gurevich S., Cosman E.R. Jr, Goldberg
S.N.: Optimization and characterization of a novel internally-cooled
radiofrequency ablation system with optimized pulsing algorithm in an
ex-vivo bovine liver. Int J Hyperthermia, 36 : 81-88, 2019.
7)    Mall F.: Die blut- und lymphwege in dünndarm des hundes. Ber Sach Ges
Akad Wiss, 14: 151, 1888.
用語解説
†1 heat-sink効果:熱源をheat-sourceと呼ぶに対し,放熱をheat-sinkと言う.ここでは血管を流れる血液によって熱が持ち去られる現象をheat-sink効果と呼んでいる.
†2 グレーツ数:流れの様子を表す無次元数の一つであり,Gz=(Re×Pr×D) / Lで表す.ここで,Reはレイノルズ数†5,Prはプラントル数†6,Dは血管直径,Lは血管長さを表す.
例えばイヌの血管7)を例にすると,毛細血管の直径は8.0×10-3 mm,長さ1 mm,Re =
1.9×10-3であるためGz = 3.8×10-4となる.同様に大静脈の場合,直径12.5 mm,長さ400 mm,Re = 1375であるため,Gz = 1074となる.
†3 熱伝達率:流体と固体との間に生じる熱移動の際に熱移動のし易さを表した係数.単位はW/(m2・K).流速や流体の種類,流路の形状等に依存するため,熱流体工学的に算出する必要がある.
†4 応答曲面法:多様なパラメータの中から最適解を導出する実験において,実験計画などに則って抽出した計測データを曲面近似し,可能な限り少ない実験回数でこれらを導き出す統計的手法である.FangらはBox-Behnken法を採用し,コンピュータ・シミュレーションによる試行を25通りに削減している.Box-Behnken法はパラメータが3つ以上の場合に有効な手法であり,他の手法と比較して試行回数を少なくすることできるが,推定精度が相対的に低い欠点を有している.
†5 レイノルズ数:流れの粘性力と慣性力の比を表す無次元数であり,Re = (u×D)
/ νで表す.ここでuは流速,νは動粘度であり血液はν=3 mm2/sである.なお,イヌの毛細血管と大静脈の流速はそれぞれ0.7 mm/s,330 mm/sであるため,前述のレイノルズ数となる.
†6 プラント数:熱流体工学で用いられる無次元数の一つで,粘性力の影響の程度と関連する.血液はPr = 25である.
利益相反に関する開示:
著者に利益相反状態は認められなかった.

Mini-review:
Trends in Temperature Estimation around Main Blood Vessel
YUYA ISEKI*
Department of Industrial Systems Engineering, Mechanical and Medical
Engineering Course, National Institute of Technology (KOSEN), Hachinohe
College, 16-1 Uwanotai, Tamonoki, Hachinohe, Aomori 039-1192, Japan
*Corresponding author: iseki-m@hachinohe-ct.ac.jp
Key Words: blood perfusion, RFA, heat-sink effect, CFD, response surface
method
Received: 5 November, 2022
Accepted: 4 December, 2022

Thermal Medicine Vol.38(4) 掲載予定