分子シャペロン研究は新たなるステージへ

一社)日本ハイパーサーミア学会ニュースNo.114【学術報告49】

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分子シャペロン研究は新たなるステージへ

齋尾 智英(北海道大学)

森 英一朗(奈良県立医科大学)

タンパク質合成は,遺伝子情報を機能する最終産物としてのタンパク質へと翻訳するプロセスの最終段階である.タンパク質は,折りたたみやその後の機能発現に至るまで,翻訳後修飾や分子シャペロンなどによって厳密に制御されている.細胞がストレス応答する際,heat shock protein(HSP)と呼ばれる分子シャペロンによって変性から守られていることが知られているが,近年分子シャペロンの概念が大きく変わろうとしている.

 細胞は核やミトコンドリアや小胞体など,膜によって囲まれた構造物であるオルガネラ(細胞内小器官)によって様々な機能を区画化している.2010年代に入ってから,核小体やRNA顆粒などといった膜に囲まれていないオルガネラ(非膜オルガネラ)の機能や構造についての知見が急速に深まった.非膜オルガネラは,生体分子(タンパク質や核酸など)が液-液相分離(liquid-liquid phase separation:LLPS)して形成されており,非常に動的な構造物である.このように相分離して形成された細胞内の構造体を生物学的相分離と呼び,この制御と破綻と疾患との密接な関係が明らかになってきている1)

 生物学的相分離は,生体分子の比較的緩い相互作用によって成立していることが多く,それゆえ翻訳後修飾や分子シャペロンによる微調整によって精密に制御されている.温熱ストレスによって,一般的な核輸送受容体は核外(細胞質)へと移動してしまい,核–細胞質間輸送が阻害されることが知られているが,HSPの様なストレス時に必要な分子シャペロン群はHIKESHIと呼ばれる核輸送受容体によって核内輸送される2).また,核輸送受容体自体が,分子シャペロンとして機能することで,生物学的相分離を制御している3,4)

温熱などの細胞ストレスに対する細胞応答と分子シャペロンとの関係性も,徐々に明らかになってきている.ストレス下の核小体においてはnucleophosmin(NPM1)*とHSP70が協同してタンパク質が凝集することから守っている5).また,HSP27はストレスに応答し,RNAを多く含むストレス顆粒に局在する.その際,同じようにストレス顆粒に局在しているfused-in-sarcoma (FUS)*とlow-complexity (LC)ドメイン*を介して相互作用することで,FUSのLLPS―この場合は細胞質でのストレス顆粒形成―を抑制することが明らかになった6).この研究では,分子動態の評価にnuclear magnetic resonance(NMR)と呼ばれる手法が活かされている.さらに,HSP等の転写因子であるheat shock factor 1(HSF1)も,相分離してストレス応答に寄与している7).HSF1はストレスに応答し細胞核の中に小さなフォーカス(foci)を形成するが,細胞へのストレスの負荷が大きくなるとHSF1のフォーカスも大きく安定化した.このように,従来の分子シャペロンの相分離制御における機能についても,徐々に明らかになってきている.今後,生物学的相分離に関連する分野において,HSPや核輸送受容体を含めたより広義の分子シャペロンに関する研究が進むことで,細胞のストレス応答に対する理解が深まることが期待される.

参考文献

  1. 森 英一朗(編).相分離生物学:相分離メガネのススメ(特集).生物工学会誌, 98: 228-54, 2020.
  2. Kose S, et al. Hikeshi, a nuclear import carrier for Hsp70s, protects cells from heat shock-induced nuclear damage. Cell, 149: 578-89, 2012.
  3. Yoshizawa T, et al. Nuclear import receptor inhibits phase separation of FUS through binding to multiple sites. Cell, 173: 693-705, 2018.
  4. Springhower CE, et al. Karyopherins and condensates. Curr Opin Cell Biol, 64: 112-23, 2020.
  5. Frottin F, et al. The nucleolus functions as a phase-separated protein quality control compartment. Science, 365: 342-7, 2019.
  6. Liu Z, et al. Hsp27 chaperones FUS phase separation under the modulation of stress-induced phosphorylation. Nat Struct Mol Biol, 27: 363-72, 2020.
  7. Gaglia G, et al. HSF1 phase transition mediates stress adaptation and cell fate decisions. Nat Cell Biol, 22: 151-8, 2020.

用語解説

*nucleophosmin(NPM1):細胞核の中にある核小体と呼ばれる非膜オルガネラの構成因子.リボソーム生合成やセントロソーム複製を含めた多様な生命機能の場を担っている.

*fused-in-sarcoma(FUS):肉腫における染色体転座によって発見されたRNA結合タンパク質.転写やスプライシング,RNA輸送やDNA修復など,様々な核酸制御に関わる機能を担っている.変異による機能異常と筋萎縮性側索硬化症(ALS)や前頭側頭型認知症(FTD)等の神経難病との関連性が指摘されている.また近年,生物学的相分離のモデル分子として研究が盛んにおこなわれている.

*low-complexity(LC)ドメイン:20種類のアミノ酸の中から限られた数個のアミノ酸のみを用いて形成される領域を指し,低複雑性配列と訳される.一般的なタンパク質の2次構造を取らないことから,天然変性配列とも呼ばれる.