数値計算による体内での温度上昇分布解析 

ハイパーサーミアに関する最近の話題22

数値計算による体内での温度上昇分布解析 

齊藤 一幸(千葉大学フロンティア医工学センター)

ハイパーサーミアをはじめとする温熱治療は,患部を何らかのエネルギーによって温度を上昇させ,様々な治療効果を期待する治療法であるため,患部およびその周辺の温度を知ることは極めて重要である.しかしながら,現在市販されている誘電加温装置においては温度センサが装備されているものの,その侵襲性のため治療中に患部の温度を計測したという報告は多くない.一方,MRI(magnetic resonance imaging:磁気共鳴画像化法)装置による非侵襲体内温度分布測定は,技術的には可能であり,極めて有望な技術であるものの,現時点では装置が大型かつ高価なため,市販されている誘電加温装置との組み合わせは実現していない1).こういった現状を鑑みると,数値計算(コンピュータシミュレーション)による患者体内での温度上昇分布解析は,現在の治療において重要な技術であると考えられる.

数値計算により体内の温度を計算する様式は,計算領域の設定方法により,2通りに分類することができる.第一は,組織内加温型もしくは腔内加温型ハイパーサーミアや刺入式アプリケータによる凝固療法などの温度上昇分布を計算する際に,アプリケータ近傍のみを計算領域に設定する方法である.この方法は,アプリケータ(多くの場合刺入型微細径アンテナもしくは針状電極)の開発および特性改善のために用いられることが多い.最近では,肝がんの凝固治療用マイクロ波アンテナの特性を把握するために数値計算が用いられ2),また,刺入式マイクロ波アンテナ極近傍領域の過加熱を防止するために冷却水を還流させた際の温度上昇分布を算出するといったことが行われている3).筆者らも,刺入式マイクロ波アンテナにおける組織凝固を高精度に考察すべく,組織の温度上昇による物性定数(電気定数,熱定数)の変化をも数値計算に組み込み,組織の温度上昇やアンテナ近傍組織の含水率を数値計算により解析し,温度上昇によりアンテナ近傍の組織含水率が顕著に低下するような興味深い結果を得ることができた4)

他方,我が国で広く行われている誘電加温装置による加温では,電極を含む患者の体の広範囲(理想的には,体全体)を計算領域として設定しなければならない.この場合は当然のことながら,計算機内に多大な記憶領域(メモリ)が必要である.特に,電磁界解析では,考慮しなければならないパラメータが多く(電界・磁界それぞれがベクトル量であり,大きさと方向を考慮しなければならない),計算には多大な時間も必要である.

ところで,今日広く行われている放射線治療においては,施術前に撮影した患部の断層画像を用いて,患部での線量分布を綿密かつ高速に計算し,それを基に治療が行われている.ハイパーサーミア治療において同様のこと,すなわち,患部の断層画像を基に,装置の出力や加温時間を設定することにより患部周辺の正確な温度上昇分布の可視化ができれば有用である.しかし,上述のように多大な計算機負荷のため,現時点ではそういったことは実現していない.ただし,現在では,様々な技術の進展によりこういったことが実現に近づいている.まず,患部の計算モデルについては,患者個々人のデータではないものの,日本人の平均的体形をもつ“数値人体モデル”が開発され5),計算機内で使用できる環境が整っている.したがって,誘電加温装置であれば,この数値人体モデルを2つの加温用電極ではさんだモデルは比較的容易に構築できる6).近年では,比較的簡便な操作で,電磁界解析と温度上昇分布解析をシームレスに行う(連成解析という)ことが可能な解析ソフトウェアが市販されている.さらに,今日では,手ごろな価格のワークステーションでも,こういった大規模計算が比較的短時間で可能になりつつある.このように,現時点で,放射線治療での線量分布計算のような“ほぼリアルタイムでの計算”とはいかないものの,治療前に患者体内の温度上昇分布をおよそ把握する程度の計算は可能である.ハードウェア,ソフトウェアのさらなる進展により,近い将来には,放射線治療の治療計画策定のようなことがハイパーサーミア治療においても可能になるよう期待したい.

参考文献

  • Kuroda K. Role of magnetic resonance imaging in guiding thermal therapies – A brief technical review -. Thermal Med, 23:71-84, 2007.
  • Luyen H., et al. Microwave ablation at 10.0 GHz achieves comparable ablation zones to 1.9 GHz in ex vivo bovine liver. IEEE Trans Biomed Eng, 61: 1702-1710, 2014.
  • McWilliams B.T., et al. A directional interstitial antenna for microwave tissue ablation: theoretical and experimental investigation. IEEE Trans Biomed Eng, 62: 2144-2150, 2015.
  • Endo Y., et al. Temperature analysis of liver tissue in microwave coagulation therapy considering tissue dehydration by heating. IEICE Trans Electronics, E99-C: 257-265, 2016.
  • 長岡智明ら. 日本人成人男女の平均体型を有する全身数値モデルの開発. 生体医工学, 40: 239-246, 2002.
  • 熊谷一樹ら. 誘電加温装置使用時のホットスポット低減を目的とした充填物. Thermal Med, 32: 5-11, 2016.