日本ハイパーサーミア学会ニュースNo.161【学術報告72】

日本ハイパーサーミア学会ニュースNo.161【学術報告72】

温熱応答回復過程におけるユビキチン化の新たな役割

仲川 洋介1・桐田 忠昭1・森 英一朗2,*

奈良県立医科大学 1口腔外科学,2未来基礎医学

真核生物は,多様なストレスに対して応答する仕組みを有している.ストレス応答の際には,全体としての翻訳機能†1が低下する一方で,一部のストレス応答因子の翻訳活性は上昇する.また,翻訳以外にも,核細胞質間輸送やRNAスプライシングや細胞周期制御もストレスに応答して機能低下を認める.核細胞質間輸送に関しては,温熱など様々なストレスにより細胞質と核内輸送に関わるImportin βファミリー経路は抑制される一方で,HikeshiがHsp70の核輸送に関わり細胞機能の回復において重要な役割を果たす1)

ここ数年,ストレス応答の際に形成されるRNA顆粒に関する研究が盛んに行われている.翻訳停止によるポリソーム†2の解離によって,細胞質中におけるリボソームと結合していないmRNAの濃度が上昇し,その結果として細胞質においてストレス顆粒 (RNA顆粒) が形成される.これら一連の一過性の適応応答は,ストレス負荷後の細胞機能再開と恒常性維持へと繋がっていく.その数分から数時間の回復過程で,ストレス顆粒は消失し,翻訳やその他の生命活動は再開されていく.しかしながら,この回復過程における機序についてはまだ不明な点が多く残されている.また,霊長類の細胞核の中で形成される核内ストレス顆粒の形成の足場となるHSARIIIノンコーディングRNA (lncRNA)†3は,温度変化に応答してRNAメチル化修飾を受け,同時にRNAスプライシングを抑制する2).他にも,lncRNAであるMALAT1 (Metastasis-associated long adenocarcinoma transcript 1) による温熱ストレス応答機序についても明らかになってきた3).このように,温熱ストレスに対する応答については,mRNAのみならずlncRNAを含めた多様な制御機構が明らかになりつつある.この様に,核内と細胞質で見られるストレス顆粒の違いについても,徐々に明らかになってきている.

ユビキチンやユビキチン経路†4に関わる因子はストレス顆粒 (ここでは細胞質を指す) の内側に存在し,ユビキチン分解酵素がストレス顆粒の動態制御に関わっている.さらに,タンパク質の品質管理が破綻すると,ユビキチン化されたタンパク質がストレス顆粒に蓄積し,ストレス顆粒の機能を阻害する.しかしながら,これらに関する先行研究では諸説あり,ユビキチン化によるストレス顆粒制御機構については不明な点が多く残されている.最近,J Paul Taylorらのグループは,様々な種類の細胞ストレス負荷を複数の細胞種に対して行い,ストレスに応答して形成されるユビキチン化タンパク質の網羅的情報である「ユビキチノーム」を構築した4).温熱処理によって形成されるユビキチノームには,核細胞質間輸送や翻訳のように温熱処理によって低下する細胞機能や,ストレス顆粒の構成因子が含まれていた.また,ストレスによって誘導されるユビキチン化は,核細胞質間輸送や翻訳の機能低下, およびストレス顆粒の形成には必要ではないが,これらの機能回復やストレス顆粒の消失において重要であることが明らかになった.さらに,同じ号に掲載された同じ研究グループからの別の論文では,ストレス顆粒のRNA-タンパク質間相互作用における中心的な役割を担うG3BP1 (Ras GTPase-activating protein-binding protein 1) のユビキチン化が,温熱ストレスからの回復過程で重要な役割を担っていることも明らかになった5)

温熱処理によって,DNA修復因子であるNBS1/MRE11/RAD50複合体が細胞質へ核外輸送される6)が,回復期には再び核内へ輸送される7)ことが知られている.これらの現象は,温熱処理による放射線増感機序を説明すると考えられてきたが,今回のユビキチノーム研究の成果から,この一連の反応にユビキチン化過程が関与していることが示唆された.実際,J Paul Taylorらの成果の中で,DNA修復・酸化還元や細胞骨格に関わる因子も,温熱誘導ユビキチノームに含まれていた4).今回の一連の研究成果から,温熱による放射線増感の治療戦略として,ユビキチン経路が再び着目されるきっかけとなることが期待される.

参考文献

  1. Kose S., Furuta M., Imamoto N.: Hikeshi, A nuclear import carrier for Hsp70s, protects cells from heat shock-induced nuclear damage. Cell, 149: 578-589, 2012.
  2. Ninomiya K., Iwakiri J., Aly M.K., Sakaguchi Y., Adachi S., Natsume T., Terai G., Asai K., Suzuki T., Hirose T.: m6 A modification of HSATIII lncRNAs regulates temperature-dependent splicing. EMBO J, e107976, 2021.
  3. Onoguchi-Mizutani R., Kirikae Y., Ogura Y., Gutschner T., Diederichs S., Akimitsu N.: Identification of a heat-inducible novel nuclear body containing the long noncoding RNA MALAT1. J Cell Sci, 134: jcs253559, 2021.
  4. Maxwell B.A., Gwon Y., Mishra A., Peng J., Nakamura H., Zhang K., Kim H.J., Taylor J.P.: Ubiquitination is essential for recovery of cellular activities after heat shock. Science, 372: eabc3593, 2021.
  5. Gwon Y., Maxwell B.A., Kolaitis R., Zhang P., Kim H.J., Taylor J.P.: Ubiquitination of G3BP1 mediates stress granule disassembly in a context-specific manner. Science, 372: eabf6548, 2021.
  6. Seno J.D., Dynlacht J.R.: Intracellular redistribution and modification of proteins of the Mre11/Rad50/Nbs1 DNA repair complex following irradiation and heat-shock. J Cell Physiol, 199: 157-170, 2004.
  7. Takahashi A., Mori E., Ohnishi T.: The foci of DNA double strand break-recognition proteins localize with γH2AX after heat treatment. J Radiat Res, 51: 91-95, 2010.

用語解説

†1翻訳機能:タンパク質を合成する仕組みや能力.

†2ポリソーム:mRNA分子に数珠玉状に結合したリボソームの集合体.

†3ノンコーディングRNA(lncRNA):タンパク質をコードしているmRNAとは異なり,翻訳されない配列を有するRNAを指す.長らく,その機能は不明なままであり,ジャンクRNA等と呼ばれていた.

†4ユビキチン経路:細胞内タンパク質の分解機構は,リソソーム系及び非リソソーム系に区分される.非リソソーム系では,主としてユビキチン・プロテアソーム系システムによりタンパク質の分解が行われる.一般的には,細胞にストレスがかかると,ポリユビキチン鎖の付加により,損傷を受けたタンパク質や翻訳停止によって折り畳みがうまくいかなかったタンパク質が,分解過程へと進む.

利益相反に関する開示

 著者に利益相反状態は認められなかった.

Mini Review

Alternative role of ubiquitination for recovery from heat shock

YOSUKE NAKAGAWA1, TADAAKI KIRITA1, EIICHIRO MORI2,*

Departments of 1Oral and Maxillofacial Surgery, and 2Future Basic Medicine, Nara Medical University, Kashihara, Nara, Japan

*Corresponding author: emori@naramed-u.ac.jp

Key Words: recovery from heat stress, heat shock response, ubiquitination, stress granules

Received: 21 July, 2021

Accepted: 14 January, 2022

Vol.38 (1)掲載予定