日本ハイパーサーミア学会ニュースNo.160【学術報告71】

最近の話題71(2022/02/10配信)

電磁波(ラジオ波)の非熱作用とがん治療への応用

近藤 隆1,*・伊藤公一2・宮越順二3

1富山大学学術研究部会 (医学系)

2千葉大学フロンティア医工学センター

3京都大学生存圏研究所生存圏開発創成研究系

がん温熱治療における外部加温装置として周波数が比較的低く,生体を通過しやすいラジオ (Radio Frequency: RF) 波が用いられ,深部がん組織の温度上昇に貢献している.この際の温度上昇が治療効果を決定する重要な指標であることは間違いないが,電磁波の非熱作用†1 (温度非依存性効果)が治療に寄与するか,実験動物を用いた前臨床試験や細胞水準の結果でその寄与が示されているものの1)情報は限定的であった.

最近,ドイツのP. Wustらのグループが非熱作用のがん治療における役割とその機序について報告したので紹介する2,3).実験的にはヒト結腸がん細胞株であるHT-29 および SW480を用いて,恒温水槽加温 (WB-HT)と13.56 MHz RFハイパーサーミア (RF-HT)で42°C,60分間の加温を行い,IncuCyte生細胞自動解析システムで測定した細胞増殖およびコロニー形成能を指標に生物効果を評価した.また,細胞膜とイオンチャネル†2の電気的モデルを作成し,RF-HTの効果に関して理論的にイオンフラックス†3を評価した.

実験結果によればヒト結腸がん由来HT-29 およびSW480の両細胞株においてWB-HTに比べて,RF-HTで有意に細胞増殖とコロニー形成能が低下した.HT-29細胞を用いた場合,細胞増殖では42°C WB-HTは37°C WB-HTの増殖能と変わらず,42°C RF-HT時の増殖能は44°C WB-HTの増殖能まで低下した.SW480では42°C RF-HTが最も効果的に増殖能を下げた.同様にHT-29を用いたコロニー形成でも42°C RF-HTは42°C WB-HTよりも有意に低かった.これらの結果により,RF-HTの非熱作用の寄与が示された.

彼らは,イオンチャネルが,膜を横切る高周波電界に対して半波整流器として作用するモデルを提案した.これによれば,膜に直交するRFの正弦波電界は正の半波整流波となる.また,半波整流器とともにチャネルの抵抗およびキャパシタンス (静電容量)から成る等価回路モデルにより半波整流波は平滑化され,チャネルの進行方向に沿って,RFリップル (微小な変動成分)が重畳された直流電圧が発生する.なお,等価回路モデルの検討結果より,RF周波数が10 MHz以上であれば十分な平滑効果が得られる.SAR (specific absorption rate: 比吸収率)が25 W/kg (電界強度E=200 V/m)の時,細胞膜の厚さを5 nmとすると,チャネルのDC電圧は1 µVとなった.この条件は殆どのイオンの明らかな不均衡を引き起こすイオンフラックスを誘導する.それ故,RF-HTはイオンフラックスに関係した付加的な電磁波の非熱作用を有しており,これらを理解することがさらなるがん治療に貢献すると思われる.

さらに,関連する文献調査を含め考察した結果を報告した3).彼らのモデルでは,膜貫通イオンチャネルはRF整流器およびローパスフィルタ†4のように機能する.通常のRF-HTはイオンフラックス,流量(何の?)を誘導し,振幅変調されたRF-HTではさらに特異的共鳴周波数で膜の振動を誘発する.細胞膜はイオンチャネルの働きによって振動するが,その振動周波数は膜の大きさや堅さに依存し,おおよそ数Hz~数kHz帯と推定される.さらに,正常細胞と腫瘍細胞ではそれらの機械的性質が異なるため,それぞれの振動周波数にも差異が生ずる.すなわち,変調周波数を腫瘍細胞の振動周波数に合わせることにより,さらなる増強効果が期待できる.これで,イオンの不均衡 (特に,Ca2+による),膜の脱分極を起こす共鳴,特定のチャネル (特にCa2+チャネル)の開口,あるいは膜孔の形成等,非熱作用による膜を介した抗増殖効果を説明できる.悪性度が増すと膜の弾性指数も正常組織とは異なり,振幅変調したRF-HTは,がん特異的なイオンチャネルに依存するので腫瘍に特異的作用を有すると思われる.以上より,文献調査の結果からはRF-HTの非熱的抗増殖効果は存在すると推定され,これは腫瘍の将来的な電磁波治療を改善する可能性を示すものとなる.さらに,この総説の中では非熱作用を利用する電磁波治療として神経膠芽腫に対する交互電界療法†5およびがん組織に特異的な出力変調を利用するTheraBionic P1†6による治療についても紹介されている.

ここで紹介されたRF-HTによるがん細胞の非熱的なイオンチャネル機能異常よる致死効果モデルは大変興味深い.ただし,42°C以上で1時間を超える条件における細胞膜イオンチャネルは,その温度の影響だけでも正常な機能を保持しているとは考えにくい.また,数十W/kgのSARで温度上昇には反映されないホットスポットの存在と分布の状況を確認する必要がある.細胞死に関しては,イオンチャネル機能異常とアポトーシスやネクローシスの確認も必要であろう.関連する分子群p53遺伝子やCaspase類,細胞内ROSなどへの変調RF-HTによる影響も興味深く,より高感度の次世代シーケンサーを用いたRNAシーケンス法など,網羅的遺伝子発現の解析も必要となる.いずれにしろ,加温時における変調効果を含め非熱的なRF-HTの特殊効果を明らかにする必要がある.

今回紹介した2編の論文2, 3)は,電磁波の非熱作用に関して興味深い新しい知見を有している.一方で,提案されたモデルの実証等課題が残る点もあるが,参考になれば幸いである.ハイパーサーミア治療は一定以上の温度と維持時間が重要とされてきたが,がんの種類に応じて最適な加温の様式を選択することで臨床効果に反映される可能性があり,この分野の研究がさらに進むことが期待される.

参考文献

  1. Tsang Y.W., Huang C.C., Yang K.L., Chi M.S., Chiang H.C., Wang Y.S., Andocs G., Szasz A., Li W.T., Chi K.H.: Improving immunological tumor microenvironment using electro-hyperthermia followed by dendritic cell immunotherapy. BMC Cancer, 15: 708, 2015.
  2. Wust P., Kortüm B., Strauss U., Nadobny J., Zschaeck S., Beck M., Stein U., Ghadjar P.: Non-thermal effects of radiofrequency electromagnetic fields. Sci Rep, 10: 13488, 2020.
  3. Wust P., Stein U., Ghadjar P.: Non-thermal membrane effects of electromagnetic fields and therapeutic applications in oncology. Int J Hyperthermia, 38: 715-731, 2021.

用語説明

†1電磁波の非熱作用:ここで用いられた電磁波の非熱作用 (non-thermal effects)については,極微弱な温度上昇を伴う電磁波による温度非依存性効果 (非熱効果)と温度上昇を伴うが冷却により温度上昇を抑制した場合の無熱効果(athermal effects)がある.ただし,両者が明確に使い分けられているわけではない.従って,正常温度での非熱効果とハイパーサーミア治療域の,温浴(WB-HT)と電波(RF-HT)加温処理における電磁波特有の生物的効果とは分けて考える必要がある.本邦では電磁波の安全性に関しては閾値に安全率を付加して定められた電波防護指針が定められている.電磁環境分野での教科書(ハンドブック)的な本として,Greenebaum B, Barnes F. Handbook of biological effects of electromagnetic fields. 4th ed. vol. 1, Biological and medical aspects of electromagnetic fields. Boca Raton: CRC Press; 2019 がある.

†2イオンチャンネル:生体膜にある膜貫通タンパク質の一種で,受動的にイオンを透過させるタンパク質の総称である.細胞の膜電位を維持・変化させる他,細胞でのイオンの流出入も行う.

†3イオンフラックス:流束 (フラックス:Flux)とは単位時間あたりに単位面積あたりに流れる物質量のことを指す従って単位時間あたりに単位面積あたりに流れるイオン量

†4ローパスフィルタ:Low-pass filter (LPF,低域通過濾波器)とは,フィルタの一種で入力信号のうち遮断周波数より低い周波数の成分はほとんど減衰させず遮断周波数より高い周波数の成分を逓減させるフィルタである.

†5交互電界療法:Alternating electric field therapyは,腫瘍治療場 (TTFields; Tumor Treating Fields)とも呼ばれ,低強度,中間周波数電界を用いた電磁場療法の一種である.イスラエルのノボキュア社が製造したTTField生成装置は,新たに診断され再発性神経膠芽腫 (GBM)の治療のために米国とヨーロッパで承認された.“オプチューン”と呼ばれる本治療では 頭皮の上の電極パッド (transducer arrays)から,脳腫瘍に向けて,非常に弱い中間周波 (200 kHz)の交流電場電界を持続的に発生させて,脳腫瘍細胞の分裂を阻害する.テモゾロミドとの併用で生存期間が延長する.本邦でも2018年保険治療が認められた.

†6TheraBionic P1:ラジオ波27.12 MHzを用い,かつ臓器 (組織)特異的な振幅変調周波数 (0.01 Hz~150 kHz)で変調をかけがんを治療する装置.最大のSARは 2 W/kg以下であり,温度上昇は無視できる. 本邦では未導入.

利益相反に関する開示:

 著者に利益相反状態は認められなかった.

Mini-review:

Non-thermal Effects of Electromagnetic Waves and Its Application for Cancer Therapy

TAKASHI KONDO1,*, KOICHI ITO2, JUNJI MIYAKOSHI3

1Faculty of Medicine, University of Toyama, Sugitani, Toyama 930-0194, Japan

2Center for Frontier Medical Engineering, Chiba University, 1-33 Yayoi-cho, Inage-ku, Chiba 263-8522, Japan

3 Division of Creative Research and Development of Humanosphere, Research Institute for Sustainable Humanosphere, Kyoto University, Uji, Kyoto 611-0011, Japan

*Corresponding author: kondot@med.u-toyama.ac.jp

Key Words: electromagnetic wave, non-thermal effect, ion channel

Received: 14 July, 2021

Accepted: 3 September, 2021

Vol.37 (4)掲載済み