膵臓がん治療を目指したHsp70のコシャペロンBAG3に対するヒト化抗体の開発

一社)日本ハイパーサーミア学会ニュースNo.125【学術報告53】

ハイパーサーミアに関する最近の話題53

膵臓がん治療を目指したHsp70のコシャペロンBAG3に対するヒト化抗体の開発

田渕 圭章 (富山大学)

BAG3 (BAG cochaperone 3)* は,熱ショックタンパク質Hsp70のコシャペロンであり,細胞増殖促進やアポトーシス抑制等,さまざまな機能を有する.また,数多くのがんで高発現し,がん研究領域において注目されているタンパク質の一つである1).以前に,ヒト膵臓がんの細胞質のBAG3の発現と死亡率との間に正の相関があることや,ヒト膵臓がんからBAG3が遊離され,膵臓がん患者の末梢血清サンプルでそれが検出可能であることが報告された.このがんから遊離されるBAG3は,マクロファージの細胞膜上にあるインターフェロンで誘導される膜タンパク質IFITM2 (interferon induced transmembrane protein 2) と結合する.この刺激によりマクロファージは活性化し,IL-6が放出され,これが膵臓がんの増殖と転移を促進する.このパラクリンループ*が本がんの増殖に重要であることが示された.また,マウス膵臓がん細胞移植モデルにおいてBAG3に対するモノクローナル抗体が腫瘍の形成や転移を有意に抑制することがわかり,BAG3のパラクリンループの重要性が確認された2)

このような背景から,Rosatiらの研究グループは,膵臓がん治療を目指したBAG3に対するヒト化抗体*の開発を行った3).BAG3のタンパク質の部分配列4種類 (15-16アミノ酸) を抗原としてマウスのモノクローナル抗体を作製した結果,BAG3の中央からC末端側に位置するプロリンリッチモチーフ (PxxP)* を含むPxxPドメインの部分配列を認識する抗体が得られた.この抗体は,リコンビナントBAG3タンパク質によるCD14陽性のヒト単球からのIL-6遊離を顕著に抑制した.次に,このモノクローナル抗体のCDR (相補性決定領域)* を基にしてヒト化抗体*が作製された (特許: WO2017076878A1).このヒト化モノクローナル抗体は,マウスの抗体と同様にBAG3の効果を中和する活性を示した.ヌードマウスを用いたヒト膵臓がん細胞移植モデルにおいて,本ヒト化抗体は腫瘍の形成と血管新生を顕著に抑制し,この作用はDNA合成阻害作用を有する抗がん薬ゲムシタビンの効果よりも強かった.このヒト化抗体をマウスの静脈内に投与したとき,抗体は腫瘍部においてのみ検出され,細胞質でのBAG3の発現レベルが高い心臓や肝臓組織では観察されなかった.これらの結果から,BAG3ヒト化抗体はがん細胞から遊離した細胞外に存在するBAG3に反応するが、細胞内のBAG3とは反応しないことが示された.以上の成績から,BAG3に対するヒト化抗体は,臨床においてBAG3を標的としたがん治療に有用であることが示された3)

近年,Rosatiらの研究グループは,マウス腫瘍モデルにおいてBAG3マウスモノクローナル抗体がPD-1抗体を用いた免疫チェックポイント阻害療法の効果を増強することを明らかにしている4).また,BAG3とHsp70との相互作用が,低分子化合物2,4-チアゾリジンジオン誘導体によって抑制されることが報告された5).これらの基礎研究を基づいた,BAG3の今後の臨床における展開を期待したい.

参考文献

  1. Kögel D, et al. At the crossroads of apoptosis and autophagy: Multiple roles of the co-chaperone BAG3 in stress and therapy resistance of cancer. Cells, 9: 574, 2020.
  2. Rosati A, et al. BAG3 promotes pancreatic ductal adenocarcinoma growth by activating stromal macrophages. Nat Commun, 6: 8695, 2015.
  3. Basile A, et al. Development of an anti-BAG3 humanized antibody for treatment of pancreatic cancer. Mol Oncol, 13: 1388-99, 2019.
  4. Iorio V, et al. Combined effect of anti-BAG3 and anti-PD-1 treatment on macrophage infiltrate, CD8+ T cell number and tumour growth in pancreatic cancer. Gut, 67: 780-2, 2018.
  5. Terracciano S, et al. Discovery and synthesis of the first selective BAG domain modulator of BAG3 as an attractive candidate for the development of a new class of chemotherapeutics. Chem Commun (Camb), 54: 7613-6, 2018.

用語解説

*BAG3 (BAG cochaperone 3):BAG3は,Hsc/Hsp70 のATPaseドメインと相互作用するタンパク質として同定され,Hsp70のコシャペロンとして機能する.BAG3の主な転写因子は,熱ショック転写因子HSF1であり,酸化ストレス,温熱,重金属等,種々のストレスにより誘導される.また,BAG3は,細胞増殖,アポトーシス,細胞分化,細胞骨格の構築やマクロオートファジー等のさまざまな細胞機能の制御に関与する.また,BAG3は,がん,ミオパチー,加齢に伴う神経変性疾患等,多様な疾患に関連することが知られている.

*パラクリンループ:細胞から物質を分泌する様式は,以下の3つがある.①エンドクリン (内分泌):分泌物が血管を介して遠方の細胞に作用,②パラクリン (傍分泌):分泌物が近くの細胞に作用,③オートクリン (自己分泌):分泌物が自らの細胞に作用.パラクリンループとは,分泌する細胞と近くの受け取る細胞との間で物質のやり取りを繰り返し行うことである.

*ヒト化抗体 (humanized antibody):マウスで作製したモノクローナル抗体のCDRのアミノ酸配列をヒト抗体の配列に置き換えて作製されたもの.遺伝子工学を用いて,ヒト抗体H 鎖,HCDR1-3とL鎖,LCDR1-3を発現させてヒト化抗体を構築する (CDR-grafting).抗体のヒト化により,ヒトに投与した時に免疫反応が抑えられる.

*プロリンリッチモチーフ (PxxP):プロリンに富むペプチド配列で,最小のコンセンサス配列は Pro-X-X-Pro (PxxP).このモチーフを含むドメインは,SH3 (Src-homology 3) ドメインと結合する.BAG3とIFITM2 (interferon induced transmembrane protein 2) には各々,PxxPドメインとSH3ドメインが存在する.BAG3とIFITM2は,これらのドメインを介して機能的に結合する.

*CDR (complementarity determining region,相補性決定領域):CDRは,抗体の構造中にある抗原と結合する部位である.抗原特異性を発揮するためにこの領域の構造が多種多様に変化する.抗体のH鎖にあるHCDR1,HCDR2とHCDR3,L鎖のLCDR1,LCDR2とLCDR3の領域で抗原を特異的に認識する.