血流による冷却効果を考慮した温度分布解析の現状
一社)日本ハイパーサーミア学会ニュースNo.141【学術報告62】
ハイパーサーミアに関する最近の話題62
血流による冷却効果を考慮した温度分布解析の現状
新藤康弘(東洋大学・理工学部・機械工学科)
ハイパーサーミア分野に限らず,電磁波加温状態を数値的に評価する際にその指標の一つとしてSAR値*(Specific Absorption Rate: 電磁波エネルギー吸収率 [W/kg])が用いられる.携帯電話やBAN(Body Area Network)などの通信機器をはじめとして,ハイパーサーミア用電磁波加温装置に至るまで,基本的にはSAR値をもとに人体への影響など特性評価が行われている.本来であれば温度分布による数値的評価が望ましいと考えられるが,それが指標化されていないことからも,生体内温度分布解析の難しさを裏付けている.
数値解析的に電磁波加温状態を解くためには,まずマクスウェルの電磁界方程式を用いて解析空間中の電磁界分布解析を行い,解析モデルにおける各節点の電界強度EあるいはSAR値を求める.次に,その解析結果を加温エネルギー源として,生体熱伝導方程式を連成的に解くことで生体内の温度分布計算を可能としている.ここで問題となるのが,Pennesの生体熱輸送方程式といわれるBio-heat transfer equation**内の血流による冷却項(血液灌流項)Wcの部分をどのように数値的計算モデル化するのかである.元来の式では,各要素内に毛細血管が一様に分布している想定で作成されているため,解析モデル要素内で一様かつ等方的に,各解析ステップ中***に一瞬で冷却が行われると考えて数式化されている1).つまり,血管をモデル化することは想定されておらず,本来であれば考慮されるべき血管形状や血管内流速,温度上昇に伴う血液凝固は考慮されていない.しかし,解析コンピュータの能力が大幅に向上した現代においては,毛細血管の解析モデルまでを考慮し,温度分布にどのような影響があるのか計算することも可能となっており,様々なアプローチが実践されつつある2-4).
ここでは,この血流冷却の数値モデル化に関する論文『ラジオ波焼灼技術における血管壁および血液凝固の冷却効果に関する数値解析研究』5)について紹介する.この研究の中でVaidyaらは刺入した針電極近傍に血管が存在する場合,その血管半径を0.1 mmから5 mmまで変化させたモデルを作成し,血管径による冷却効果と血液凝固が血流量におよぼす影響について数値的に求めている.この論文では,血液凝固はアレニウスの関係式を応用して判定し,任意の時間ステップにおいて血管内の温度分布から生存率ωを算出し,凝固している場合には電気的物性値を変更し,かつ流速をゼロとしてパラメータ変更し,解析を行っている.また,流速方向による温度分布への影響についても熱伝導解析についても実施している.解析結果から,半径0.4~0.5 mmの血管では熱損傷から血流の方向性効果が発生すること,0.4 mm以下の場合には血液が凝固し,流れを止めてしまうことで冷却効果が低下することを数値的に確認している.今回の研究では,非常に複雑な計算手法を基礎的なモデルに適用し解析を行っているが,今後さらにAI (artificial intelligence)技術などを駆使して発展されることで,異なる冷却項をもつ生体熱伝導方程式を血管径によって分類して解くことができれば,より正確かつスピーディに解析が行えるのではないかと期待できる.
参考文献
1) Jordan H. Bio-heat models revisited: Concepts, derivations, nondimensalization and fractionalization approaches. Front Phys, 7: 189, 2019.
2) Chen X, Saidel GM. Mathematical modeling of thermal ablation in tissue surrounding a large vessel. J Biomech Eng, 131(1): 011001, 2009.
3) dos Santos I et al. Effect of variable heat transfer coefficient on tissue temperature next to a large vessel during radiofrequency tumor ablation. Biomed Eng, 7: 21, 2009.
4) Payne S et al. Image-based multi-scale modelling and validation of radio-frequency ablation in liver tumours. Philos Trans A Math Phys Eng Sci, 369: 4233-54, 2011.
5) Vaidya N et al. Simulation study of the cooling effect of blood vessels and blood coagulation in hepatic radio-frequency ablation. Int J Hyperthermia 38: 95-104, 2021.
用語解説
*SAR電磁波吸収密度: 誘電体組織の単位質量あたりに吸収する加温電力量 [W/kg]
… (1)
ここに,σは導電率,ρは体積密度,Eは電界強度(実効値)を表している.
** Bio-heat transfer equation:生体内熱伝導方程式.基本的な方程式はPennesによって1948年に導かれた.さらに,1987年にArkinらによって,より精密で簡便な以下の冷却項が提案された.冷却項に関しては対象の温度上昇や適用温度範囲によって異なるため現在も研究が進められている1).
…(2)
…(3)
ここに,κは熱伝導率,Wcは血液冷却項(血液灌流項),Wmは基礎代謝による発熱,Fは血流量,cは比熱,Tbは血液中温度を示している.
***解析ステップ: コンピュータシミュレーションにおける熱伝導方程式の時間刻みを表している(式2におけるtの偏微分項).例えば,20分の加温を解析する場合,120ステップで解析すると,1ステップあたり10秒の解析時間を意味している.この解析時間中は温度変化せずに次のステップにおいて10秒間に蓄えられたエネルギーが一瞬にして発熱,冷却効果を発揮したと想定し,10秒後の解析が行われる.そのため,周辺組織の温度によって変化するような冷却項を考慮するためには,各ステップにおいて条件判定を行い,冷却項データを任意に書き換える必要があるということになる(120ステップであれば120回の書き換えが必要).