近赤外光照射による磁性ナノ粒子の加温とハイパーサーミアへの応用

ハイパーサーミアに関する最近の話題39

近赤外光照射による磁性ナノ粒子の加温とハイパーサーミアへの応用

井藤 彰(名古屋大学 大学院工学研究科 化学システム工学専攻)

マグネタイト(Fe3O4)からなる磁性ナノ粒子は高周波交流磁場でヒステリシス損失あるいは緩和損失といったメカニズムで発熱することから,腫瘍組織に磁性ナノ粒子を投与して体外から交流磁場照射を行うハイパーサーミアへの応用が行われている1).一方,金ナノ粒子は近赤外光の照射でプラズモン効果によって光のエネルギーを熱へ変換することから,金ナノ粒子のフォトサーマル効果を利用したハイパーサーミアが開発されてきた2).最近,マグネタイトも近赤外光で発熱することが分かり,ハイパーサーミアの研究が行われている.Chuらは,808 nm(0.25 W/cm2)のレーザーを使用して,0.8 mg/mLのマグネタイト(粒子径約10 nm)を照射したところ,20分間で25℃の発熱が得られたことを報告した3). この加温により,in vitroにおける検討でヒト食道がん細胞株Eca-109の生細胞率を40%に減少させた.さらに,in vivoにおける検討で担癌マウスの腫瘍増殖を24日間にわたって抑制した.

マグネタイトの磁場誘導加温によるハイパーサーミアシステムは,磁場照射装置の開発が実用化へのボトルネックになる可能性がある.一方,近赤外光の照射装置は開発が比較的容易であり,機器自体の価格も低く抑えられる利点がある.しかし,磁場が体内を透過しやすいのに対して,近赤外光の照射によって透過するのは体表面から数ミリメートルであるとされるが,米国立がん研究所の小林久隆博士が開発した近赤外光線免疫治療法においても,深部癌に対しては内視鏡を使用されることから,近赤外光を用いたレーザー装置の開発は加速されるであろう.

ナノ粒子を用いるハイパーサーミアにおけるもう一つのボトルネックは,薬物送達システムである.つまり,治療のための発熱に十分なナノ粒子を腫瘍に送達することが困難である.最近Guoらは,ミトコンドリア集積性のある脂溶性カチオン(Triphenylphosphonium cation, TPP)で表面修飾したマグネタイトを用いることで,ミトコンドリア標的型のマグネタイトを開発し,近赤外光でミトコンドリアを加温するシステムについて報告した4).このような「ガンの急所を攻撃するナノヒーター」を用いることで,腫瘍に送達されるナノ粒子が少量であっても高い治療効果を示すハイパーサーミアが可能になるかもしれない.

参考文献:

1)  Ito A., et al. Intracellular hyperthermia using magnetic nanoparticles: A novel method for hyperthermia clinical applications. Thermal Med, 24: 113-29, 2008.

2)  De Matteis V., et al. Engineered gold nanoshells killing tumor cells: New perspectives. Curr Pharm Des, 25: 1477-89, 2019.

3)  Chu M., et al. Near-infrared laser light mediated cancer therapy by photothermal effect of Fe3O4 magnetic nanoparticles. Biomaterials, 34: 4078-88, 2013.

4)  Guo R., et al. Mitochondria-targeting magnetic composite nanoparticles for enhanced phototherapy of cancer. Small, 12: 4541-52, 2016.