日本ハイパーサーミア学会ニュースNo.174【学術紹介79】ハイパーサーミアに関する最近の話題79
がん免疫療法のための超音波加温による遺伝子発現調節型バクテリアの開発
-温度感受性遺伝子発現スイッチ機能搭載バクテリアの開発-
鈴木 亮
帝京大学薬学部,帝京大学先端総合研究機構
がん治療において,がん細胞を認識し攻撃できるようにキメラ抗原受容体を遺伝子導入したT細胞(CAR-T細胞)をがん患者に移入する細胞療法(CAR-T細胞療法†1)が注目されている.この CAR-T 細胞療法は,血液がんなどの
血管内のターゲットに対して著効を示すことが報告されている.しかし,血管外にがん組織が存在する固形がんに対する治療効果は,限定的であることも明らかとなっている1).これは,移入した CAR-T 細胞のがん組織への
浸潤の低さや,腫瘍内に低酸素コアが存在することで免疫抑制的な腫瘍微小環境が形成され,がん組織に移入した細胞が腫瘍内で効率よく機能できないことなどが原因であると考えられている.一方で,このような免疫抑制的な腫瘍微小環境は,低酸素環境を好むバクテリアにとっては好都合であると考えられる.したがって,このようなバクテリアをがん患者に全身投与すると,このバクテリアは免疫抑制環境下のがん組織に到達し,免疫系に排除されることなくがん組織選択的に増殖することができる2).そのため,このバクテリアに,がん細胞を傷
害する物質や腫瘍微小環境を抗腫瘍免疫型に転換できる物質を放出する機能を搭載する研究が進められており,がん治療への応用が進められている.このようなバクテリアの全身投!
与において課題となるのが,バクテリアの体内動態や活性の制御などによる安全性の確保である.特に,正常組織に対する組織傷害は,重篤な副作用の発現につながるため,腫瘍選択的にバクテリアが機能するように工夫された腫瘍ターゲティングが求められている.この腫瘍ターゲティングを達成するために,化学誘導剤を利用したバクテリアの機能調節が行われている.しかし,化学誘導剤を腫瘍組織に選択的にデリバリーすることが困難であり,腫瘍特異的なバクテリアの機能調節を達成することができていない.そこで,光によるバクテリア機能
調節3) が考えられたが,深部組織への光の到達性が問題となった.この問題
を解決するため,放射線照射によるバクテリアの機能調節が考えられた).放射線は生体透過性が高いため,深部組織のバクテリアに対する機能調節が可能となる.一方で,放射線被ばくが生じるため,患者への負担が大きくなってしまう.そのため,低侵襲的かつ患者負担の少ないバクテリアの機能調節方法の開発が望まれている.この問題を解決する方法として,集束超音波†2の利用が注目されている.そこで本稿では,集束超音波による標的部位の温度上昇を利用し,バクテリアの遺伝子発現調節を行うシステムとそのがん治療への応用について紹
介する4).
バクテリアを利用したがん治療システムを構築するためには,がん組織にホーミングするバクテリアを使用することが望ましい.本研究では,すでに臨床においてがん治療への利用経験がある E. coli Nissle 1917 (EcN)
が選択された5).この EcN に温度依存性発現スイッチを挿入し,温度上昇で治療用遺伝子発現のスイッチをオンにするシステムの開発が試みられた.
安全性や発現効率の観点から,スイッチオフの状態において遺伝子発現が低く,温度上昇でスイッチオンとなった状況で治療に必要な量の遺伝子発現が得られるバクテリアのデザインが求められる.そこで,生体内で温度応答性の遺伝子発現を実現するため,37℃付近で微小な温度変化に反応する高精度の温度応答性転写抑制因子を利用して,遺伝子発現を作動するシステムの探索が行われた.温度応答性転写抑制因子の候補として,39℃,38℃または42℃の温度閾値以上で活性化することが知られている TlpA39,Tcl またはTcl4
2について検討され
た.TlpA39 は Salmonella typhimurium に存在し,動物に感染した際に動物の体温で病原性遺伝子群の発現を調節する因子として機能している .また,Tcl は,バクテリオファージラムダタンパ
ク質 “cl” の温度応答性変異体である.この“cl”は,バクテリオファージラムダウイルスの生体内での潜伏を成立させ,ウイルスの潜伏を維持するための転写抑制因子として機能していることが知られている.これら3種類の候補因子の温度応答性を評価するため,それぞれの発現抑制因子での制御下で緑色蛍光タンパク質(GFP)を発現する EcN を作成し,37℃または42℃での遺伝
子発現が比較された.今回の比較では,37℃で GFP の発現がほとんど認められず,42℃で GFP 発現が増加する因子を選択する観点で検討が行われた.その結果,3種類の転
写制御因子のうち,Tcl42 が今回の実験目的を達成するための機能として最も優れていることが明らかとなった.そこで,Tcl42 を温度応答性発現調節因子として選択された.
今回の検討で使用した発現制御システムでは,37℃において Tcl42 が目的遺伝子の上流の転写調節部位に結合し,目的遺伝子の発現を抑制している.そして,42℃への加温により Tcl42 の転写抑制効果がなくなり,
目的遺伝子が発現する方式がとられている.しかし,この転写調節は可逆的で温度低下により目的遺伝子の発現が抑制されてしまう.このように温度上昇による遺伝子発現が一過性であると,がん治療において十分な治療効果を得ることが困難であると考えられる.そこで,温度上昇で安定に遺伝子発現を得るための仕組みが加えられている.実際には,Tcl42 抑制因子により制御された pL/pR
ファージラムダ温度誘導プロモーター制御下でセリン・インテグラーゼである Bxb1
を発現させ, attP と attB サイトに挟まれた塩基配列組み替えで T7 プロモーターのスイッチをオンにしてGFPを安定的に発現させるシステムが構築された.なお,Bxb1の生理的条件下(未加温)での発現を制限するために,Bxb1上流に2つの強力なターミネーターが挿入され,Tcl42での発現抑制機能が強化されている.これにより,生理的条件下(37℃)での遺伝子発現が低く,42℃への加温により遺伝子発現を100倍に増強できるシステムを構築することが可能となった.
そこで次に,がん治療への応用を考え,治療用遺伝子を発現するEcNの開発が進められた.今回は,治療用遺伝子として,免疫チェックポイント阻害剤として機能する抗 CTLA-4 ナノボディ†3を発現する EcN
の開発が試みられた.実際には,レポーター遺伝子である GFP 発現の上流に抗
CTLA-4 ナノボディを発現する配列を挿入した EcN が作製された.この EcN での温度感受性に関する検討が行われた.その結果,この EcN を37℃で1時間培養しても,抗 CTLA-4 ナノボディの
発現は,ほとんど認められなかった.一方,42℃または43℃で培養した結果,抗
CTLA-4 ナノボディの顕著な発現が認められた.また,42℃より43℃の方が,抗
CTLA-4 ナノボディの発現量が高いことが明らかとなった.このように,治療用の遺伝子の発現を加温により制御できることが示された.そこで,この EcN を用いて担がんマウスでの治療実験が行われ
た.BALB/c マウスの背部皮内にB細胞リンパ腫細胞株(A20)を移植し,移植7日後(腫瘍体積が約 100 mm3 )に,治療用遺伝子を発現しない(Wild type) EcN または治療用
遺伝子発現 EcN を尾静脈から投与した.なお,今回の検討では,抗CTLA-4ナノボディ発現 EcN と抗PD-1ナノボディ発現 EcN を1:1で混合した EcN が治療用遺伝子発現
EcN として投与された.EcN 投与2日後に,がん組織に集束超音波を照射し,がん組織を43℃に加温した.加温条件は,超音波オン5分間で43℃に加温,超音波オフ5分間で生理的温度(37℃)のサイクルを6回繰り返した(治療時間としては60分間(トータル加温時間30分)).その後,腫瘍の体積変化を指標に抗腫瘍効果を評価した.その結果,Wild type の EcN 投与群および治療用遺伝子発
現 EcN を投与し集束超音波を照射しなかった群では,腫瘍の増殖抑制効果は認められなかった.一方,治療用遺伝子発現 EcN を投与し,集束超音波での加温を行った群において顕著
な腫瘍の増殖抑制効果が認められた.そこで,投与した EcN の腫瘍内での活性化について検討したところ,集束超音波を照射した群で EcN が活性化されており,集束超音波を照射しない群で
は,EcN の活性化がほとんど認められなかった.また,集束超音波をがん組織に照射したマウスにおいて,活性化した EcN は,主に腫瘍内で認められ,肝臓や脾臓ではほとんど認めら
れなかった.このことから,温度応答性 EcN と集束超音波を利用した治療用遺伝子の発現調節法は,がん組織特異的な治療用遺伝子発現を誘導できる副作用の少ない新たながん治療戦略になるものと期待される.なお,本稿で紹介した論文以外にも,バクテリアの遺伝子発現を集束超音波による加温で調節し,がん免疫療法を行う方法が別のグループから Nat. commun. に報告6)されてお
り,本技術の今後の研究動向が気になるところである.
参考文献
1) Fuca G., Reppel L., Landoni E., Savoldo B. , Dotti G.: Enhancing
Chimeric Antigen Receptor T-Cell Efficacy in Solid Tumors. Clin Cancer Res,
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2) Kang S.R., Jo E.J., Nguyen V.H., Zhang Y., Yoon H.S., Pyo A., Kim
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3) Lalwani M.A., Ip S.S., Carrasco-Lopez C., Day C., Zhao E.M., Kawabe H.
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and protein production. Nat Chem Biol, 17: 71-79, 2021.
4) Abedi M.H., Yao M.S., Mittelstein D.R., Bar-Zion A., Swift M.B.,
Lee-Gosselin A., Barturen-Larrea P., Buss M.T. , Shapiro M.G.:
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Commun, 13: 1585, 2022.
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tumor delivery of checkpoint blockade nanobodies. Sci Transl Med, 12:
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tumor immunotherapy. Nat Commun, 13: 4468, 2022.
用語解説
CAR-T細胞療法†1:がん免疫療法の養子免疫療法の1種である.患者から採取したT細胞に特定のがん関連抗原を認識する分子を発現させる.これにより,がん関連抗原を認識し,がん細胞を傷害できる細胞が調製できる.この細胞を増殖させ,患者さんに移入することで,移入した細胞によるがん細胞の効果的な傷害を誘導することができる.
集束超音波†2:波の干渉を利用して,超音波のエネルギーを任意の1点に集束することが可能となる.これにより,集束ポイントの温度を上昇させることができる.集束超音波システムは,お椀型のトランスデューで超音波を集束するタイプ,および複数のトランスデューサーから超音波を発信し,集束点を作るタイプの2種類が存在する.また,医療現場では,超音波ガイドまたはMRIガイド下で体外から超音波を照射することで患部に超音波エネルギーを集束する方法がとられている.実際に,前立腺がんや子宮筋腫の焼灼療法や本態性振戦の治療
に集束超音波が利用されている.なお,本態性振戦の治療では,無麻酔の患者に対して患者の状態を確認しながら,MRIガイド下で視床覚に経頭蓋的な方法で超音波照射が行われており,???
戦に関わる神経伝達をピンポイントで遮断する治療が保険適用となっている.このような経頭蓋超音波照射は,低侵襲的な中枢神経疾患に対する治療法として期待されている.
ナノボディ†3:抗体から遺伝子工学的に改変して得られた抗原を認識する最小のタンパク質である.
利益相反に関する開示
著者に利益相反状態は認められなかった.
Mini Review
Engineering of Probiotic Bacteria System for the Temperature-sensitive
Production of Immune Checkpoint Blockade Nanobodies by Intratumor Heating
with Focused Ultrasound
RYO SUZUKI*
Faculty of Pharma-Science, Advanced Comprehensive Research Organization
(ACRO), Teikyo University, 2-11-1 Kaga, Itabashi-ku, Tokyo 173-8605, Japan
*corresponding author: r-suzuki@pharm.teikyo-u.ac.jp
Keywords: Probiotics, Focused ultrasound, Cancer immunotherapy, Checkpoint
blockage, Nanobody
Received: 9 September, 2022
Accepted: 17 November, 2022
Thermal Medicine Vol.38(4)掲載予定