温熱ストレスによるネクロトーシス―活性酸素の関与とシグナル伝達―

日本ハイパーサーミア学会ニュースNo.130

最近の話題57(2021年/2/4配信)

温熱ストレスによるネクロトーシス―活性酸素の関与とシグナル伝達―

近藤 隆(富山大学)

 ハイパーサーミア・熱ストレスとアポトーシスの関連を報告する論文は多い.最近,新たな細胞死に関する論文が数多く報告されていることもあり,The Society of Toxicologic Pathology(STP)のThe Nomenclature Committee on Cell Deathは定期的に細胞死の定義を公表しており,2018年には細胞死を12種類*に分類している1)

ここでは,そのうちの一つ新規細胞死であるネクロトーシスと温熱に関する2編の論文を紹介する.小腸が熱中症の罹患率および死亡率の主要因子になることは示されていたが,その機序は不明であった.熱中症が小腸の損傷を促進する機序解明のためにラット小腸由来IEC-6細胞とC57BL/6マウスを用いてin vitro およびin vivoの実験系で検討した.IEC-6細胞には39, 41, 43と45oC, 2 時間処理を行い,マウスは直腸温度42oCまで恒温箱で体温を上げ,小腸を取り出し調べた.細胞死,ミトコンドリア機能,酸化ストレスの指標であるマロンジアルデヒド,SOD,および組織学的変化を常法に従って調べた.また,ネクロトーシスに関係するRIPK1 (receptor-interacting protein kinase 1), RIPK3 (receptor-interacting protein kinase 3), リン酸化MLKL (mixed lineage kinase domain-like protein)についてはウエスタンブロットで調べた.熱処理はin vitro およびin vivo系ともホメオスタシスの破綻,酸化ストレス,ミトコンドリア損傷を誘発した.RIPK1阻害剤であるネクロスタチン-1 あるいは RIPK3の化学的阻害剤 GSK872で処理するとすべての指標で改善効果を示した.また,抗酸化剤N-アセチルシステイン(NAC)処理は熱誘発 RIPK1/RIPK3-依存性ネクロトーシス形成を抑制した.マウスをNAC(100 mg/kg,i.p.)処理すると熱による死亡率を下げた.以上より,活性酸素の除去により,熱ストレス誘発ネクロトーシスを防ぐと小腸損傷が軽減し,死亡率も低下することが判明した2)

肺の血管内皮細胞を対象にした研究では,43oCの熱処理は時間依存性にキナーゼの受容体共役タンパク質であるRIP3の発現を変えずにRIP1およびMLKLの発現を増やした.免疫共沈実験によりRIP1は RIP3に結合し,ネクロソームを形成することが判明した.ネクロスタチン-1で前処理すると血管内皮細胞のネクロトーシスを抑制するとともに,細胞核からの細胞質へのHMGB1(high mobility group box protein 1)の移行を阻害した.同様にPD98059によるERK阻害, BAY11-7082によるNF-κB阻害,および c-Jun peptide によるc-Junの阻害はHMGB1の移行を阻害した.siRNAによる RIP1/RIP3 ノックダウン実験を行ったところ熱処理によるネクロトーシス過程を阻害するとともにERKおよび c-Jun のリン酸化を抑制した.以上より,熱ストレスは肺の血管内皮細胞においてMAPK, NF-κB, および c-Junシグナル伝達経路を介してRIP1/RIP3依存性ネクロトーシスを誘発することが判明した.

がん治療に関する研究ではメラノーマの金ナノ粒子を用いた光温熱治療においてもネクロトーシスの関与が報告されている4.また,がん治療においても非アポトーシスが標的になる可能性が示されている5.まだ,熱による細胞死で報告されていない様式もあり,今後の温熱誘導細胞死の研究が発展することが期待される.

参考文献

1) Galluzzi L, et al. Molecular mechanisms of cell death: recommendations of the Nomenclature  Committee on Cell Death 2018. Cell Death Differ, 25: 486–541, 2018.

2) Li L, et al. Preventing necroptosis by scavenging ROS production alleviates heat stress-induced intestinal injury. Int J Hyperthermia, 37: 517-30,

3) Wei H,et al. Heat stress induces RIP1/RIP3-dependent necroptosis through the MAPK, NF-κB, and c-Jun signaling pathways in pulmonary vascular endothelial cells. Biochem Biophys Res Commun, 528: 206-12, 2020.

4) Zhang Y, et al. Temperature-dependent cell death patterns induced by functionalized gold nanoparticle photothermal therapy in melanoma cells. Sci Rep, 8: 8720, 2018.

5) Sepand MR, et al. Targeting non-apoptotic cell death in cancer treatment by nanomaterials: Recent advances and future outlook. 29:102243, 2020.

用語解説

*12種類の細胞死

  1. Intrinsic apoptosis (内因性アポトーシス):細胞内外の微小環境の乱れにより始動され,ミトコンドリア外膜透過性で画定されるRCD(Regulated cell death:制御された細胞死)の様式.実行因子はカスパーゼ
  2. Extrinsic apoptosis(外因性アポトーシス):細胞膜受容体で検出される細胞外の微小環境の乱れにより始動され,ミトコンドリア外膜透過性で画定されるRCDの様式.カスパーゼ8が促進因子で,主たる実行因子はカスパーゼ3.
  3. Mitochondrial permeability transition (MPT)-driven necrosis (ミトコンドリア透過性移行駆動ネクローシス):細胞内微小環境の乱れにより始動されるRCDの特異型.シクロフィリンD依存的ミトコンドリア膜透過性の亢進によるネクローシス.
  4. Necroptosis (ネクロトーシス):MLKL (Mixed lineage kinase domain-like),RIPK1(Receptor-interacting kinase1)および RIPK3 (Receptor-interacting kinase 3)に依存した細胞内外のホメオスタシスの変動により始動されるRCDの一様式.細胞の膨張からミトコンドリアなどの細胞小器官の崩壊や核融解を経て細胞膜の崩壊へと至るネクローシスと同様の変化を示す遺伝的に制御された細胞死.ネクロトーシスの初期段階にある細胞は,RIP3のリン酸化と,一般的にはネクロソーム(necrosome)として知られるRIP1とβアミロイド様タンパク質(β-amyloid-like protein)複合体の形成によって特徴づけられる.ネクロスタチン1は選択的阻害剤.
  5. Ferroptosis (フェロトーシス):グルタチオンペルオキシダーゼ4により構成的に制御された細胞内微小環境の酸化的障害による始動されるRCDの一様式.鉄イオンキレータや脂質抗酸化剤で阻害される.フェロスタチン1が阻害剤.
  6. Pyroptosis (パイロトーシス):ガスダーミン(タンパク質)による細胞膜の”孔”形成に依存したRCDの一様式.多くは炎症に伴うカスパーゼ類の活性化の結果として起きる.これは,1992年にZychlinskyらによってアポトーシスとして最初に記載されたRCDの一種であり,炎症誘導性の細胞死であることから,2001年にCooksonとBrennanによってパイロトーシスと命名された.自然免疫系における細胞内外の恒常性の乱れによって誘発される.
  7. Parthanatos (パータナトス):PARP-1(ポリADPリボースポリメラーゼ-1)の過剰な活性化で開始されAIF(アポトーシス誘導因子)依存性およびMIF(マクロファージ遊走阻止因子)依存性DNA分解に関係したエネルギー代謝の破綻により促進されるRCDの一様式.
  8. Entotic cell death (エントーシス様細胞死):アクトミオシン依存的な細胞-細胞内包を起源としてリソソームで実行されるRCDの一様式.2007年にOverholtzerらによって命名された細胞死でカスパーゼは必要なく,細胞は隣接する細胞に貪食されることにより死ぬ.
  9. NETotic cell death (ネトーシス様細胞死):NET (Neutrophil extracellular traps,好中球細胞外トラップ)形成に関係した造血細胞誘導に限定された活性酸素依存性RCDの一様式.好中球が主であるが,好塩基球,好酸球でも認められる.
  10. Lysosome-dependent cell death (リソソーム依存性細胞死):カテプシンで促進され,初期のリソソーム膜透過性で画定されるRCDの一様式:ミトコンドリア外膜透過性およびカスパーゼ類が関係する場合がある.
  11. ADCD:autophagy-dependent cell death (オートファジー依存性細胞死):オートファジーのメカニズムに依存したRCDの一様式.
  12. Immunogenic cell death (ICD, 免疫原性細胞死):免疫応答性宿主における獲得免疫応答を活性化するに十分なRCDの一様式.がん細胞が放射線や抗がん剤によって,免疫原性細胞死を誘導すると自然免疫におけるシグナル伝達や抗腫瘍能を誘導することが報告され,calreticulin分子の細胞膜表面への露出などのメカニズムが知られている.