限局性低リスク前立腺癌治療のためのリアルタイムMRIガイド下経直腸および経尿道的集束超音波治療
一社)日本ハイパーサーミア学会ニュースNo.112【学術報告47】
ハイパーサーミアに関する最近の話題47
限局性低リスク前立腺癌治療のためのリアルタイムMRIガイド下経直腸および経尿道的集束超音波治療
河合憲康, 近藤 隆*, 安井 孝周
名古屋市立大学大学院 医学研究科 腎・泌尿器科学分野
*富山大学学術研究部医学系 放射線診断・治療学講座 放射線腫瘍学部門
限局性の前立腺癌では,悪性度などにより様々な治療法がある.低リスク癌では監視療法が提案され,中リスクがんや高リスクがんでは手術療法,粒子線治療を含む放射線療法などが広く行われている.2016年度版の「前立腺癌診療ガイドライン」において,Focal therapyが治療戦略のひとつとして示された.Focal therapyでは,患者の予後に影響すると考えられる癌病巣を治療する一方,正常組織を可能な限り温存することで,治療と機能温存を両立することを目的とする.アブレーションを含めハイパーサーミア治療は侵襲性の低い治療として位置づけられているが,課題は加温部位の温度をリアルタイムに可視化できないことにある.ハイパーサーミア治療に関して,より高次元の治療法,温度・治療部位のリアルタイムでの見える化と必要部位のみのピンポイント治療の流れが加速している.ここでは、「リアルタイムで見える化」と「超音波焼灼療法」を基本とした限局性前立腺癌に対する新しい様式の異なる二つの治療法に関する論文を紹介する.一つは限局性前立腺癌のFocal therapyを目的とした磁気共鳴画像ガイド下経直腸超音波焼灼療法1, 2),もう一つは,限局性前立腺癌の治療として,癌病巣と正常組織すべてを含む前立腺全体を焼灼する磁気共鳴画像ガイド下経尿道的超音波焼灼療法(MRI-guided Transurethral ULtraSound Ablation,以下TULSA)3)である.
【磁気共鳴画像ガイド下経直腸超音波焼灼療法 Magnetic resonance-guided high frequency focused ultrasound (MRgFUS)】
前立腺癌のFocal therapyのためのリアルタイムMRIガイド下集束超音波治療☆は,第Ⅰ相試験として実施され,2015年に報告された1).4名のPSA 10ng/mL以下,腫瘍分類cT2a(前立腺に限局する腫瘍で片葉の1/2以内の進展),グリソンスコア☆6(3+3)の患者で,mpMRI☆と経直腸的生検が行われた.その後, MRIガイド下,温度測定と焼灼が実施された.6か月後に有害事象,QOLに関して調査し, 腫瘍学的検査についてはmpMRIと経直腸的生検を行った.4名について6か所が治療されたが,術後合併症は規準(Clavien-Dindo分類)I以下であった.MRI画像上4名とも正常で,3名では治療部位の病変は消失し,治療した5か所では完全焼灼ができた.全ての患者は治療部位以外に少なくとも1か所のグリソンスコア6のコア病変を認めた.今一つのFocal therapyを目指した前向き第Ⅰ相試験には,8名の低・中リスク患者(PSA ≤ 10 ng/ml, ≤ cT2a, グリソンスコア ≤ 7 (4 + 3))が参加した2).10箇所(グリソンスコア6が6か所、7が4か所)が治療対象であった.前立腺容積25-50 cc; 平均 MRI 時間,248 min/人; 平均超音波照射時間65分であった.平均の標的容積2.7 cc,治療後の平均非還流容積は4.3 cc.であった.6名の患者で6か月後のQOLはベースラインと同様であった.また,全てにおいてMRI検査では癌は確認できなかった. 4患者 および 6病変は生検でも陰性であった.2-mm の グリソンスコア8 病変を有する患者は摘出手術が行われ,病理検査で陰性であった.低容積(5-15%)のグリソンスコア6 残存病変を有する患者は強化監視療法とした.平均PSA値はベースラインの5.06 から6か月後3.4 ng/ml に低下した.以上より,短期間の観察ではあるが,MRgFUSの有用性が示された.
【磁気共鳴画像ガイド下経尿道的超音波焼灼療法(MRI-guided Transurethral ULtraSound Ablation:TULSA】
前述の治療法(MRgFUS)では超音波発生装置であるアプリケーターは直腸挿入型で前立腺外部から病巣を超音波焼灼するが,TULSAは新しい方法で,アプリケーターは経尿道型である.つまり,前立腺部尿道にアプリケーターを設置し,前立腺内部から超音波焼灼を行うものである.また,病巣のみを焼灼するのではなく,正常組織を含めて前立腺全体を焼灼する.この論文ではTULSAに関する第Ⅰ相試験(14名)の単一センターコホートの報告,そして,それを元に前立腺組織のMRIガイド下後の安全性,機能評価およびPSAに関して強化治療の効果を評価した臨床試験 (TACT: TULSA-PRO Ablation Clinical Trial)(15名)の報告がされている3).第Ⅰ相試験およびTACT試験ではベースラインおよび6か月追跡データが集められた.中央試験では強化治療指標(温度上昇,焼灼範囲の空間的拡大)を用いた.両研究のサブグループ間の有害事象,尿意,排尿,勃起機能の比較に関して医師の経験の影響を最小化した.第I相およびTACT患者(年齢の中央値は71歳と67歳),前立腺容積は41.0および44.5 mlでPSAはともに6.7 ng/mlであった. 第I相の全14名は低リスク癌でTACTの場合では15名中7名は中リスク群であった.ベースラインと IIEF (International Index of Erectile Function), IPSS (International Prostate Symptom Score),生活の質, 尿パッド使用は両群で同様であった. PSA値の変化については,6ヶ月後で第Ⅰ相試験では0.7(0.2-0.8),TACT試験では0.5(0.2-1.2) ng/mlまで下降した. 1ヶ月時の尿パッド使用,3か月時の生活の質は第Ⅰ相試験患者が優れた.6か月では機能の評価あるいは有害事象に有意差はなかった.TULSAは第I相試験で受容可能な臨床的安全性が証明された.TACT中央試行における強化治療指標は6か月時の機能評価結果や有害事象に影響を及ぼすことなく,焼灼範囲を前立腺組織の90%~98%に上げることができた.長期追跡調査や12か月での生検は腫瘍学上の安全性を評価するために必要とされる.
MRgFUSは臨床的に意義のある癌(significant cancer)を治療するFocal therapyを目的としている.その結果,治療後のPSAの著しい下降は認めない.TULSAは前立腺全体を焼灼する方法で,概念としては根治的強度変調型放射線治療(IMRT)に似ている.その結果,治療後のPSAも小数点以下に下降する.限局性に限らず前立腺癌の治療後の予後にはPSA下降率が関係すると言われているので,治療後の予後を考えるとMRgFUSよりTULSAの方が有用なのかもしれない.しかし,どちらの方法も長期予後についてはこれから評価されることになる.
MRgFUSもTULSAも限局性前立腺癌に対する,超音波焼灼を用いたハイパーサーミア治療で「見えるか化」を実現した治療法である.しかし,MRgFUSはFocal therapyを目指し,TULSAはIMRTのごとく前立腺全体の焼灼を目的とした概念が異なる治療法である.そのため優劣は単純には比較できないと考えられる.根治的前立腺癌の治療法としては,IMRTやロボット支援前立腺全摘術(Robotic Asisted Radical Prostatectomy: RARP)がすでに確立されている.MRgFUS,TULSAの意義は,患者ごとにIMRT, RARPを含めてメリット,デメリットを総合的に判断して選択されていくものと考えられる.
参考文献
1) Ghai S., et al. Real-time MRI-guided focused ultrasound for focal therapy of locally confined low-risk prostate cancer: Feasibility and preliminary outcomes. AJR Am J Roentgenol 205: W177-184, 2015.
2) Ghai S., et al. Magnetic resonance guided focused high frequency ultrasound ablation for focal therapy in prostate cancer – phase 1 trial. Eur Radiol 28: 4281-4287, 2018.
3) Hatiboglu G., et al. Magnetic resonance imaging-guided transurethral ultrasound ablation of prostate tissue in patients with localized prostate cancer: single-center evaluation of 6-month treatment safety and functional outcomes of intensified treatment parameters. World J Urol 38:343-350. 2020.
用語説明
☆集束超音波治療: Focused ultrasound(FUS)あるいはHigh Intensity Focused ultrasound(HIFU)と称される経直腸的超音波治療装置では, 前立腺肥大を治療対象としたが,最近は前立腺癌治療装置として発展している.SonablateR HIFU, Sonacare Medical, Charlotte, NC, USAが歴史はあるが画像診断には超音波を使用している.磁気共鳴画像ガイド下経尿道的超音波焼灼療法(MRI-guided Transurethral ULtraSound Ablation,以下TULSA)用機器として,TULSA-PRO (Profound Medical Inc, Toronto, Canada),磁気共鳴画像ガイド下経直腸的超音波焼灼療法用機器(MRgFUS)として Exablate Prostate (Insightec Ltd. Tirat Carmel, Israel)が市場にでている.
☆グリソンスコア:グリソン分類とは,前立腺癌の病理組織学的分類として,1966年に米国のDonald F. Gleasonが最初に提唱した階層化の方法である.前立腺癌は同じ前立腺のなかに悪性度の異なる癌が発生する.そこで,生検で採取した癌細胞の組織構造を調べ,最も面積の大きい組織型と2番目に大きい組織型のグレード(5段階評価)を足して,悪性度の判定に用いる.これがグリソン・スコアと呼ばれるもので,グレード3とグレード4の組織があれば,スコアは「3+4=7」になる.即ち,悪性度が最も低い場合スコア2となり,最も高い場合スコア10で, 9段階の分類となる.前立腺癌の重症度であるリスク分類は腫瘍マーカーであるPSA値と「グリソンスコア」,「病期分類(TNM分類)」の三つを組み合わせて判断される.
☆mpMRI(マルチパラメトリックMRI,multiparametric MRI):通常の磁気共鳴診断のT2強調像に,2種類以上の画像(造影剤を使用したダイナミック画像や拡散強調像など)を組み合わせる診断法.前立腺癌を疑う部位,癌の周囲への浸潤,リンパ節転移の有無をより確実に診断できる.T2強調画像:T2 weighted image(T2WI).脂肪組織だけでなく,水や液性成分・嚢胞も白く見え腫瘍はやや白く見える.拡散強調画像:diffusion weighted image (DWI).組織内の水分子の動きである拡散運動を画像化する機能的画像診断法.DCE-MRI:dynamic contrast-enhanced magnetic resonance imaging 腫瘍撮像中に連続的に造影剤を投与し得られる機能画像の一つ.腫瘍内信号強度変化は血流による造影剤移行量に相当し,血流量,血管表面積や透過性,血管外細胞外の体積が関与する.腫瘍画像強度の変化を解析することで造影剤の移行に係る指標が得られる. mpMRIを用いた診断にProstate Imaging and Reporting and Data System (PI-RADS version 2.1)が提唱され,上記のT2WI,DWI, DCEの組み合わせにより, PI-RADS 1–癌のある可能性はとても低い,PI-RADS 2 –低い,PI-RADS 3 –どちらとも言えない,PI-RADS 4 –高い,PI-RADS 5 –とても高い, の5段階に診断できる.