ハイパーサーミアがん治療法の開発に向けた新情報 ――p53は熱射病発症の閾値温度(40℃)では細胞致死防護因子として働く ――
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ハイパーサーミアがん治療法の開発に向けた新情報 ――p53は熱射病発症の閾値温度(40℃)では細胞致死防護因子として働く ――
鈴木文男(富山大学客員教授,広島大学名誉教授)
がん抑制遺伝子産物p53は,200種類以上の機能の異なる遺伝子を発現制御している転写因子である1).p53は正常細胞内ではユビキチン依存性のタンパク質分解システム (proteasome system)を介して速やかに分解されるため極めて少ない量しか存在しない.しかし,細胞内外の多種多様なストレスを受けるとp53はその種類に依存して特定の部位が修飾され,分解されずに安定化したp53が標的遺伝子の転写を促進し,種々の細胞応答 (cellular response)が引き起こされる.その結果,細胞周期進行の一時的な停止,細胞老化形質発現,アポトーシスなどが誘発されるが,これらの異常はいずれも生体内においては変異細胞の蓄積につながるのでp53はがん発症にもつながる遺伝子不安定性の防止をつかさどるゲノム守護神 (the guardian of the genome)として位置付けられている.
ハイパーサーミアは種々のがん治療に広く用いられている.その根拠は,比較的がん細胞は熱に弱く,患者に負担をかけることなく,非侵襲的に治療できるところにある.実際,ハイパーサーミア治療で使われる(41.5℃~45.5℃)の熱処理によりDNA二重鎖切断(DNA double-strand breaks)が誘発されがん細胞が死滅するとともに2),そのシグナルを受けてp53がリン酸化されることが証明されている3).しかし,ヒトがんの約50%が変異型のp53を有し,それ以外でもp53が関与するシグナル伝達経路 (signal transduction pathway)を担う多くの因子に機能喪失が見られることから,熱処理単独でのがん治療には限界があるものと思われる.今回は,ハイパーサーミアによるがん治療法の改善という観点から,最近Cell Reportsに報告された「熱射病発症の閾値温度(Heatstroke threshold temperature: HTT)とされる40℃の熱処理では正常細胞よりp53変異細胞の方が死滅しやすくなる」ことを証明した論文4)を紹介する.
まず,著者らは,野生型と突然変異型のp53を有するゼブラフィッシュ胎児を用いて40℃ (HTT環境)と45℃ (ハイパーサーミア環境)で飼育したときの生存能を比較した.その結果,45℃では野生型p53胎児の方が変異型p53胎児に比べて死にやすくなるが,40℃では逆となりp53は生存能を高めることがわかった.ヒト培養細胞では40℃と45℃で熱処理され,45℃では野生型p53(p53+/+)細胞の方が変異型p53(p53-/-)細胞に比べて生存能が低くなるが,40℃では全く逆の結果が得られた.前者の結果は,ATM-p53を介したDNA損傷応答 (DNA damage response: DDR)が活性化されたためアポトーシス誘発頻度が高まったことで説明できるが,後者については両細胞種間で処理後の細胞周期進行停止やアポトーシスおよびネクローシス誘発頻度に差が見られなかったことから,40℃処理による細胞致死効果のp53依存性は他の細胞応答反応に起因することが示唆された.そこで次に,著者らは40℃下でどの様な熱ショック応答 (heat shock response: HSR)反応が誘発されるかについて調べた.
突如とした温度上昇に対処するために,広範な生物種にわたって数多くの熱ショックタンパク質 (heat shock proteins: HSPs)が発現している5).特に高次構造異常や凝集したタンパク質と結合し,オートファジー (autophagy)システムによって排除する細胞内浄化に関わる分子シャペロン(molecular chaperon,HSPの一種)は細胞内タンパク質の恒常性 (homeostasis)維持に欠かせないものである.著者らはヒト培養細胞を40℃で処理によってhsp遺伝子の転写を担うhsf1遺伝子の発現がp53+/+細胞よりp53-/-細胞で高くなること,さらにhsf1遺伝子の標的遺伝子であるhsc70 (heat shock-cognate protein of 70 KDa)の発現も同様に高まることを発見した.この結果は,HSC70はシャペロン介在性オートファジー (chaperon-mediated autophagy: CMA)の初期段階に関与していることから6),p53-/-細胞では40℃で過剰なHSRが誘発され,細胞内に蓄積したHSC70が異常レベルのタンパク質分解を引き起こし,細胞死に至らせることを示唆している.
興味あるのは,hsf1遺伝子のプロモーター領域にp53が結合してHSC70の発現を抑制することや,40℃処理でp53の37番目セリン (S37)がリン酸化すること,さらにS37がリン酸化されていないp53ではhsf1のプロモーターに結合してhsf1の発現を抑制することを,著者らが報告していることである.また,40℃下ではHSP90が蓄積しp53と結合してその機能を保全することや,HSP90を涸渇状態にするとp53の細胞内蓄積量が低下して細胞の生存能が低下することも見つけている.これらの研究結果は,細胞の生存能測定を精度に難点のあるMTT法 (ミトコンドリア内脱水素酵素によるホルマザン生成量を指標)のみで行っている点に不安はあるが,種々の分子生物学的手法を駆使して①p53が40℃での過剰反応的なHSRを抑制することによって細胞死を防止していることや,②40℃下では過剰なHSC70を介したタンパク質分解による細胞死が生じること,③p53は40℃でも37番目セリンがリン酸化されずHSP90と結合して安定的に存在することを証明している.
加えて著者らは,p53+/+細胞とp53-/-細胞を移植し40℃下での腫瘍増殖動態を調べた結果,p53+/+に比べてp53-/-細胞腫瘍の方が,増殖度が低下することを報告した.この論文で示された結果は,完全に腫瘍増殖を止める程ではないものの,HTT (40℃)温度の熱処理が正常組織に障害を与えることなくp53欠損がん細胞の増殖抑制 (がん治療)に使えることを示したものであり,今後はハイパーサーミアがん治療法の開発に向けた臨床応用研究へと発展することが期待される.
参考文献
1) Levine AJ., et al. The P53 pathway: what questions remain to be explored. Cell Death Differ, 13: 1027-36, 2006.
2) Takahashi A., et al. Evidence for the involvement of double-strand breaks in heat-induced cell killing. Cancer Res, 64: 8839-45, 2004.
3) Miyakoda M., et al. Activation of ATM and phosphorylation of p53 by heat shock. Oncogene, 21: 1090-96, 2002.
4) Gong L., et al. p53 protects cells from death at the heatstroke threshold temperature. Cell Rep, 29: 3693-707, 2019.
5) Garbuz DG., Regulation of heat shock gene expression in response to stress. Mol Biol, 51: 352-67, 2017.
6) Cuervo AM, Wong E, Chaperone-mediated autophagy: roles in disease and aging. Cell Res, 24: 92-104, 2014.