免疫系に認識されやすい免疫原性細胞死をハイパーサーミアで誘導する
一社)日本ハイパーサーミア学会ニュースNo.127【学術報告55】
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免疫系に認識されやすい免疫原性細胞死をハイパーサーミアで誘導する
井藤 彰(名古屋大学 大学院工学研究科 化学システム工学専攻)
ハイパーサーミアの魅力は,(1) 化学療法と異なり物理的な治療法なので副作用が少ないこと,(2) 外科手術と異なり侵襲性が低いことに加えて,(3) がん細胞死が体内で誘導される点にあると考えられる.体内でがん細胞が死ぬと,がん細胞の抗原が抗原提示細胞である樹状細胞によって取り込まれて,抗腫瘍免疫が誘導される可能性がある.治療に活かすために,如何に効率よく免疫系に認識させるかを検討する際には,そのメカニズムが重要になってくる.
細胞死の形式はネクローシスとアポトーシスに大別される.筆者らは,抗腫瘍免疫賦活に重要な分子として熱ショックタンパク質 (HSP) に着目して研究を行ってきた1).HSP70は温熱耐性を誘導する分子シャペロンとして知られる.また,免疫系にとってDanger signalであるHSPは,細胞外に放出されると自然免疫系を活性化するとともに,HSPにシャペロンされた腫瘍抗原ペプチドが樹状細胞に取り込まれて抗腫瘍免疫を誘導する.筆者らは,特に磁性ナノ粒子を用いたハイパーサーミアにおいて,HSP70発現を介したネクローシスをがん細胞に誘導することで,抗腫瘍免疫が誘導されることを示した.
一方,アポトーシスにおいて免疫系に認識されやすい細胞死は免疫原性細胞死(Immunogenic cell death: ICD)とよばれており,その定義は (1) Calreticulin*やHSP70およびHSP90が細胞膜上に現れること,(2) High mobility group box1 (HMGB1)*や炎症系サイトカインが細胞外に放出されること,(3) ATPやDNAおよびRNAが終末期分解因子として現れること,とされている2).最近,ナノメディシンとしての光温熱治療 (Photothermal therapy) でICDが誘導されることが報告されている.Wenらは,近赤外線で発熱するパラジウムと抗がん剤ドキソルビシンからなるナノ粒子を調製して光温熱化学治療をCT26担がんマウスに行ったところ,Calreticulinの細胞膜での発現,HMGB1,ATP,TNF-α,IFN-γの放出,腫瘍浸潤CD8陽性T細胞の増加とFoxp3陽性T細胞の減少,腫瘍サイズの減少が得られることを報告した3).
全てのがん細胞でアポトーシスが誘導されるかは分からないし,抗腫瘍免疫が誘導されるかは不明であるが,抗腫瘍免疫のもたらす治療効果は多大だと考えられる.ハイパーサーミアにおいても免疫系に認識されやすいがん細胞死を誘導するプロトコルを検討することは意義があるだろう.
参考文献
- Ito A, et al. Cancer immunotherapy based on intracellular hyperthermia using magnetite nanoparticles: A novel concept of “heat-controlled necrosis” with heat shock protein expression. Cancer Immunol Immunother, 55: 320-8, 2006.
- Asadzadeh Z, et al. Current approaches for combination therapy of cancer: The role of immunogenic cell death. Cancers, 12: 1047, 2020.
- Wen Y, et al. Photothermal-chemotherapy integrated nanoparticles with tumor microenvironment response enhanced the induction of immunogenic cell death for colorectal cancer efficient treatment. ACS Appl Mater Interfaces, 11: 43393-408, 2019.
用語解説
*Calreticulin:カルレティキュリンは,細胞内Ca2+の恒常性および小胞体 (ER) のCa2+容量の調節に関与しているタンパク質である.Calnexin (カルネキシン) やERp57と共にCalreticulin / Calnexinサイクルを構成し,新しく合成された糖タンパク質の折りたたみと品質管理を担っている.Calreticulinは,ER内外で多くの生体内システムで役割を果たすマルチプロセス分子であることが示されている.最近,Calreticulinはマクロファージによる腫瘍細胞の取り込みを促進し,食作用を増大させることが報告されている.
*High mobility group box1 (HMGB1):本分子は,損傷や感染,炎症性刺激を受けて産生されるサイトカインの一種で,活性化したマクロファージおよび成熟した樹状細胞,ナチュラルキラー細胞によって分泌される.HMGB1はまた,V(D)J遺伝子再構成にも関与することが報告されている.