熱ストレス応答におけるCell-nonautonomous 制御,および細胞間シャペロンシグナル伝達について
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熱ストレス応答におけるCell-nonautonomous 制御,および細胞間シャペロンシグナル伝達について
大塚健三(中部大学応用生物学部)
細胞が熱などのストレス(一般的にはタンパク質毒性[変性]を引き起こすストレス)を受けると,熱ショック転写因子(HSF1)が活性化されて熱ショックタンパク質(HSPs)遺伝子の転写が促進される.その結果合成されてきたHSPsは,分子シャペロンとして機能し,熱で変性したタンパク質を再び折りたたんで修復し,また,修復不能の場合は分解の手助けをするなどして,ストレスを受けた細胞のタンパク質恒常性(protein homeostasis, proteostasis)を維持し,細胞の機能を正常に保つように働いて いる.この一連の過程は一個の細胞の中で自律的に起こる反応である.これをcell-autonomous(細胞自律)制御という.これは単細胞生物でも多細胞生物でも普遍的に起こる過程であり,タンパク質毒性ストレスに対する細胞レベルでの防御機構である.しかし最近,熱ストレス応答におけるHSF1活性化-HSPs合成という過程が,他の細胞からのシグナルでも引き起こされることがわかってきた. 最初は線虫において見出された機構である
1).線虫では温度感受性ニューロン(AFDs)が環境の温度変化を感知し,そのシグナルを介在ニューロン(AIY)に伝え,AIYが温度依存的な線虫の行動(不適切な温度からは逃避し,最適な温度域への移動)を制御しているという.そこで温度感受性ニューロン(AFDs),またはAIYニューロンの機能を抑制する特異的な変異体では,熱ショックによる各組織でのHsp70の発現が阻害されるという.このことは,各組織での熱ショック応答が温度感受性ニューロン依存的であり,cell-nonautonomous制御であることを意味している. このニューロンによる標的細胞での熱ショック応答が,実はニューロンから放出されるセロトニンによることが線虫において証明された
2).ここでは,線虫の温度感受性ニューロン(AFDs)に,バクテリアの光感受性イオンチャネル(channelrhodopsin)遺伝子を特異的に発現し,青い光を照射することでAFDニューロンのみを活性化(活動電位を発生)させるという,光遺伝学(optogenetics)の手法を用いている.そこで,AFDニューロンに光を当てると,温度上昇がなくても生殖腺組織においてHSF1の活性化(HSF1顆粒の形成)が見られる.このときセロトニンの拮抗剤(gramine)を加えておくとHSF1の活性化が抑制される.また,セロトニンによるHSF1の活性化は標的細胞にあるセロトニン受容体を介することも示されている. 次の例も線虫での研究である
3).その報告によると,筋肉組織において変異ミオシンを発現させると筋肉線維が乱れ,線虫個体の運動能も障害される.そして変異ミオシン(異常なタンパク質)の蓄積によって熱ショック応答が誘導されHsp90が高発現する.不思議なことに,この個体ではHsp90は筋肉組織だけでなく小腸や他の組織でも高発現するという.これは筋肉組織での熱ショック応答のシグナルが,他の組織(小腸など)に伝えられることになる.また,筋肉組織において変異ミオシンを発現している個体で,その筋肉組織にさらにHsp90遺伝子を導入して高発現させると,変異ミオシンによる線維の乱れが抑制されるとともに,運動能も改善する.これは筋肉細胞の中で完結する反応なのでcell-autonomous(細胞自律)制御である.ところが驚くべきことに,筋肉組織において変異ミオシンを発現した線虫で,小腸や神経組織でHsp90を高発現しても筋肉組織での線維の乱れが抑制され,さらに,運動能も改善するというのである.これは一つの組織(たとえば小腸)でのシャペロン発現のシグナルが他の組織(ここでは筋肉)にも伝えられて,その組織でのタンパク質恒常性が維持されることを意味する.このように,個体の中の組織間で,熱ショック応答の情報がお互いに伝達されていることを示している.このことをこの論文の著者らはcell-nonautonomous制御による細胞間シャペロンシグナル伝達(transcellular chaperone signaling)と呼んでいる. 神経からのシグナルで標的細胞に熱ストレス応答が誘導されることが,文献1のPrahladらの研究でcell-nonautonomous制御によるものであると,注目されることになった.しかし,実は20数年前の1991年にラットで同じような研究が報告されている
4).それによると,ラットを拘束ストレス条件下におくと,視床下部を介して脳下垂体から副腎皮質刺激ホルモン(ACTH,adrenocorticotropic hormone)が分泌され,副腎皮質の細胞でHsp70が発現するという.この反応は脳下垂体を 切除すると見られなくなるが,ACTHを投与することで回復することから,ACTH依存的にHsp70が誘導されたことを意味する.また,拘束ストレスによる副腎皮質でのHsp70の発現は老化ラットでは減少することから,老化することでストレス応答が低下することも示唆された.なお,副腎皮質でのHsp70の発現はHSF1活性化を介していることも確認されている
5). よく考えてみると,神経系や内分泌系,また増殖因子などによる生体機能制御のほとんどは,cell-nonautonomous制御によるものである.つまり,他の細胞(神経細胞や内分泌腺,増殖因子生産細胞など)からのシグナルに応答して標的細胞でさまざまな事象が引き起こされるからである.ただ,シグナルの送り手と受け手の細胞では全く違う現象が起こることが多い.しかし,本稿で紹介したのは(特に文献3),一つの組織での熱ストレス応答の情報が何らかの方法で伝えられて,他の組織でも同じ熱ストレス応答が引き起こされることである.これは全く新しいタイプの「細胞間シグナル伝達」なのかもしれない. 最近,別の実験系でもストレス応答シグナルが細胞間で伝達される事例が報告されてきているが,そのことについては,また,稿を改めて紹介したい.
参考文献
1) Prahlad V., et al. Regulation of cellular heat shock response in Caenorhabditis elegans by thermosensory neurons. Science, 320: 811-814, 2008.
2) Tatum M.C., et al. Neuronal serotonin release triggers the heat shock response in C. elegans in the absence of temperature increase. Curr Biol, 25: 163-174, 2015.
3) van Oosten-Hawle P., et al. Regulation of organismal proteostasis by transcellular chaperone signaling. Cell, 153: 1366-1378, 2013.
4) Blake M.J., et al. Stress-induced heat shock protein 70 expression in adrenal cortex: An adrenocorticotropic hormone-sensitive, age-dependent response. Proc Natl Acad Sci USA, 88: 9873-9877, 1991.
5) Fawcett T.W., et al. Effects of neurohormonal stress and aging on the activation of mammalian heat shock factor 1. J Biol Chem, 269: 32272-32278, 1994.